2013年2月20日水曜日

母親の言葉

 今日も部屋の片付け。。。
殆どに思い出が有って捨てがたい物ばかり。
昨日には、1月末からレンタルしていた、電動のベットを引き上げに来てもらった。
嘔吐が続いて、ベットで休む時間が長く成っていたし、ある程度の角度も無いと余計に気持ちも悪く成るようだった。腰も肩も首も痛いと言っていた。

 低反発のマットやまくらを用意したが、2月に入って6日に入院したから10日も使っていない。クッションを重ねたりしていたから、もっと早くしてやれば良かった、と思う。

 昨日は勤務していた武内病院へ、お礼と挨拶、色んな手続きをかねて母親と一緒に伺った。
葬儀に来て頂いた理事長さんが、丁寧に応対してくれる。今まで、色んな手続きでお世話に成っている、総務の担当の人も全部の準備をしてくれていた。
 ロッカーの片付けも、直属の上司にも色々お話を伺い、実際に勤務していた透析センターにも案内してもらった。人の手助けをするいい仕事や病院に恵まれて良かった、と思っていたんだけどね。。

 健保センターへも書類を届けて、多分ここもこれで終わりに成ると思う。そしてその後、雄一の持っていたUFJ銀行の解約と移行の手続きへ。
 店内に入って説明すると、別室へ案内される。とても寒い日だったし、暖房も着けてくれて、ここまでは良かった。

 担当が来て、
「ここからは、テレビ電話で、説明と応対をさせて頂きますので・・・」とテーブルの横に有るモニターと電話機を渡して、そう言う。
「何で、目の前に担当が居るのに、したくも無いテレビ電話なんか!・・・」
そう、腹立たしく思いながら画面は見ず、電話機だけで話をした。何でこんなサービスをするんだろう?
 担当の人が居ないならそれも有るだろうが、電話が終わるとすぐに担当が来て書類の確認や預り書を書いてくれるんだから。
 お客さんが喜ぶのは、いつも有り難く感じる健保協会の対応振りの様に、人と心が通う気持ちが通じる応対では無いのかな。僕もこの銀行には口座が有ってそちらに振り込んでもらう様には手続きしたが、もう行きたく無くなった。

 後は年金事務所、免許センター、市役所の障害福祉・・・あと何が有る?
今日は雄一の部屋や沢山の物置の様になってしまっていた2階の部屋の片付けと掃除。沢山の薬の整理もした。。。
ガラス戸もブラインドも全部外して洗った。フロアにもワックスを塗りながら。
 本当に沢山の薬、点滴液、それらの点滴ライン、備品のストック。2つのストーマの半月分以上のストック。その沢山の備品も有る。
母親は2日に一度は、又は毎日、そのどちらかのストーマを交換してくれていた。昼も夜中も関係なく。それを1年以上やってくれていた。片付けながら何度も泣きそうになって。。。

 雄一が病室で息を引き取った後、しばらくして母親は先生に
「もう、あっちへ行ってもストーマは要らないから元に戻してあげて欲しい。一番取りたがっていたから!」と涙ながらに頼む。僕もその事は気にしていたが、言葉には出て来なかった。
 
 先生は母親の言葉にとても断われない。
暫らくして落ち着いてから、先生はメスや縫合糸を持って来てキチンと見えない様に縫合してくれた。これで、気兼ねなく過ごせるよと!

 一昨年の11月頃。入院治療でも症状は悪化し悪く成る一方。あの頃も痩せて吐き気もひどかった。雄一も辛さで、気持ちも悪いし悲観して、ご飯も食べようとしない時が有った。
僕らが、色んな物を用意しても食べようとしない。
母親は大きな声で
「お前は生きる事を放棄するのか!お母さんの子やろ!食べてよ!!」と。
そう言われた雄一は、しばらくして起き上がり何とか2口、3口を口に運んで、またベットに寝込んだ。
 それから1年以上頑張ってくれた。

 ちょっと変な言い方だが、母親には雑念などなく子宮で物事を考え、ハート以上に強くしっかり伝える。男には出来ない、母親の力だとそう感じた、忘れられない言葉だった。
 
 まだまだする事は沢山有りますが、今日は子供達との平日練習もまた始めました。
モモもうるさいぐらいに元気で、相手が大変ですがいい運動に成っています。母親も元気です。
明日は雄一の二・七日から四・七日までをまとめて法要してもらう予定です。

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