2011年12月30日金曜日

49.3キロ!


今日は30日。練習ももう休みにしたし、久し振りにゆっくり起きた。それでも今日はやる事が沢山有る。
今日は雄一の外来検診。三重中央は休みだが、主治医の先生が居てくれるので、予約で見てもらえるようにお願いした。

その準備やらで、病院関係の点滴やら着替えやらで今は荷物置き場に成っているリビングの隣にある8畳の間を片付けていたら、壁には雄一の小さい頃の写真、まだ3~4歳頃の写真が大きく引き伸ばしで飾ってある。
しばらく、「これはどこで撮ったんかな・・・」と考えていてその表情を見ていると泣けて来てしまった。
こんな可愛かった子が・・・今は憎まれ口しか言わないが辛い宣告を受けて苦しんでいる。僕は親として何か間違っていなかったのか・・・。そんな事をしばらく考えていた。
今は僕達が出来る事をとにかくやり続けるだけだ。

病院へ10時過ぎに行って先生に少し見てもらい、点滴の針(今はリザーバーを胸に埋め込んでいる)を抜いてもらって病院でシャワーをさせてもらった。そして体重を計ると、49.3キロ。先週の25日からまた1.3キロ増えた。もう少しで50キロだ。看護婦さんも「表情がふっくらして来たね!」と言ってくれる。
まだ治療の成果は来年中頃に行う予定のCTと腫瘍マカーの検査待ちに成るが、これだけ食べれているのだから悪くは無いだろう。

思い切って他病院での別の治療を初めて、無理やり一時退院して食事も家で好きな美味しい物を食べれる様になったのも良かったと思う。
お正月には50キロを目指そうか!

2011年12月28日水曜日

3回目の温熱治療

 今日は3回目の温熱治療で茨木へ。予約は12時なので、8時半過ぎに用意をして家を出た。冷え込んではいるが、雪は無い。
今日も予想以上に名神も空いていて途中の休憩を入れても10時過ぎには病院に着いた。

 津から茨木まで普通に走れば1時間半を見とけば充分の様だ。それでも年明けてからは混んでくるかもしれない。一応3時間は目安かな。
病院で時間をつぶし11時半頃から治療の準備。
ストーマの袋の排便と点滴モーターを外して点滴台を借りて来て自然落下に代える。その点滴は患者の座る位置が点滴台の高さに影響してくる。
 先週は雄一が温熱治療器の高いベットに乗っても普通の点滴台で流す事が出来たが、今日はまたその下にイスを置いて天井近くまでの高さにしないと落ちて来なかった。何でだろうなあ。。。

 治療が終わって病院の食堂で昼食。雄一も僕も同じカレーを食べたが、同じように全部食べてしまう。
朝は昨日のすき焼きの残りをぞうすい風にしたご飯を僕よりは沢山食べる。
夕食はカツ丼ぶりを平らげていた。
沢山食べる様になったので、ストーマに出て来る便の量が多いしすぐに溜まる。
夜には余り出て欲しくないので、夕食は早めに7時頃には食べさせる様にしているが、遅くには食べない様に雄一も意識はしている様だ。
 早くストーマを無くして自由に食べれる様にしてやりたいね。

2011年12月27日火曜日

ストーマの排便治具


  今日も雄一は元気にしている。お昼はオムライスもほぼ一皿食べたらしい。
夕食はひなた達も来たのですき焼き少々と大きなから揚げ。
夜に沢山食べたり、8時以降に食べたりすると小腸のストーマから寝込んだ頃に便が出たり溜まったりするので、自分なりに夕食以降は調整している様だ。

そのストーマから出て袋に便が溜まるんだけど、この袋から中味を捨てるのがとても面倒で中々流れず時間が掛かる。日に3度ぐらいは捨てるが、母親はしこしことその作業に20分近く、またはもっとかかる時も有る。
何でこんなに面倒なんだろう?看護婦さんも実際に使っている人も文句を言わないのだろうか?
先日から僕もやってみたが、確かに出て来ない。無理の押すと破れる、逆流する、出口を小さな棒で突きながら出して行く。僕も最初は20分ぐらい掛かった。しかもトイレの廻りをあっちこっち汚して。。。

こんな事はやってられない。
今日は帰りにかなり太目のステンレスの針金を買って来て出口の掃除用の治具を作った。夜に溜まった所で袋を外して、やってみると。。。我ながらさすがだね!
5分ほどで全部でて中の水洗いも出来た。手もトイレの廻りも汚れない。
外出用にも1本作り、当面はこれで楽に成る。
でも、こんな困りごとの袋を使い続けるのは能がない。病院も少しは考えて欲しい。

治療もそうだが、患者側もしっかり知識を持ってかからないと成されるままではベストには成らない。特に今回の入院からの治療で強く感じた。
精神科の先生なんかは山の様な薬を出すだけ。あれだけの薬をずっと飲み続けたら多分それだけでやれれてしまうんでは無いか?
患者の気持ちや話を聞いたりしてカウンセラーするのが役目だと思うけど、そんな治療では無い。そんな治療は必要ない、やめさせようと思っている。

明日はまた大阪での温熱治療だ。仕事も治療に合わせて何とか休みを取った。
取りあえずは2月まで毎週続ける。出来る事は何でもやろう。

2011年12月25日日曜日

体重が増えた!


練習を終えて帰ると母親がまたストーマの交換をしていた。これが結構面倒で普通は3日に一度は交換する。けれど昨夜にほんの少し洩れて交換し、今夜もまた少し洩れて交換した。交換してもらう方も出来る事ならこんな物は無い方がいいに決まっている。
けれどこれで一時は助けてもらったんだから感謝しないと。

便の排出も面倒でこれが中々流れてくれない。配管が細いのも問題。何でこんな簡単な事が改善出来ないんだろう。日本の技術なら簡単だと思うんだけどね。使用する側の立場に成って考えているとはとても思えない。

その交換を昨日も見ていたが、以前よりはそのお腹廻りの肉が少し着いて来たような気がしていた。点滴はずっと続けているが、食事は良く食べているし、水分も沢山取っている。今は吐き気をもよおす事もほとんどない。11月末頃の悪い症状がウソの様だ。
髪の毛が抜けて来たのがショックな様だけど、「それは最初から解っていた事だし、止めればまた生えてくる。それは薬が効いて来た証拠だよ」と言っても相当気にしている様だ。
「かつらでも何でも買ってやるから」と言っているが、ここは食べれる様になったんだし気を取りなおして前を向いて欲しい。

点滴を替える時に体重計を持って行って計ってみると・・・
「48キロ」。1週間前の19日に病院で46キロだったから1週間で2キロ増えた事に成る。入院以来初めてだ。治療の成果は検査をしないと解らないが悪い傾向でない事は確かだろう。これは嬉しい傾向だ。
これからも少しずつでいいから良く成って行って欲しい。

2011年12月24日土曜日

メリークリスマス!のプレゼント

 今日はクリスマスイヴ。
雄一も家で療養しているし、プレゼントもしてやりたい。昨夜に津のショップに行ってiPad2を見て来た。そこそこの値段もする。けれど何かヤル気に成ってくれればそれでいい。ノートパソコンも有るが余り使いたがらない。iFonの小さい画面をチョコチョコやっている。
治療や病状の辛さは痛いほど良く解るが、他にはもっと辛い人も沢山いる。そんな状況が続いても、いつも前を向いていて欲しい。

昨夜はあの3.11の津波の映像をテレビで流していた。一瞬の内に家族や子供や愛する人を亡くした人達は・・・。一瞬の内に波に飲まれて亡くなった人達は・・・。まだまだ僕達は恵まれている。以前にお坊さんの説法でも話していたけど、朝、まず目覚める事に感謝!辛いのも生きているからこそだ。

昨夜はそのショップに行って「雄一が本当に使って役にたつかなあ・・」と考えていたが、今夜は決めた。僕の基本は思いついたらまずやってみる事。野球も雄一の事も一緒だ。ダメならまた考えればいい。なので、今夜またショップへ行ってiPad2を買って来た。雄一の名前で購入するので手続きは何かと面倒だったし時間が掛かった。でもさすがにそのスティーブ、ジョブズのセンスは素晴らしいね。
僕も使ってみたい!と思ってしまう。説明書が無いのもいい。自分で考えて使い込めばいい。

昨夜、その先日に亡くなったスティーブの特集をNHKで放映していた。
その中で今はやりのiFonやスマートフォンのあのタッチパネル方式の携帯電話のアイデアは20年以上も前に、まだ携帯電話が無い頃にスティーブはデザインとアイデアを書き込んでいたらしい。

スティーブの言葉。 「常にハングリーで有れ!愚かで有れ!」 
夢を信じて、無に成って、バカに成って突き進め!と言う事かな。これはどんな事にも通じる大きな教訓だ。

今日も良く食べている。イヴと言っても世話が大変で夕食も買い出しの物だけど今日はチキンがメイン。大好物のから揚げやチキンフライを食べてご飯も食べている。充分なくらいに。
後はヤル気だけだ。辛いだろうけど前を向いて頑張って欲しい。

2011年12月23日金曜日

お風呂に入りたい。

 今日は寒く成った。いよいよ冬本番かな。
仕事を終えて帰るのは今日から暫くは病院では無い。
雄一は自宅にいる。帰ると自分の部屋でベットに軽く座ってテレビを見ている。今日も食事は普通に食べている様だ。冷蔵庫の中のゼリーやアイスやジュースも良く平らげてる。

 今、持ち運び様の点滴やストーマで家の中ではそれ程不自由もない。けれど問題が一つ。お風呂に入れない事だ。
ストーマが有るから腰のそこまではお風呂につかれるが、上半身はリザーバーの点滴ポートが有るし、点滴を付けたままではシャワーも流せない。
病院にいる時は、左の胸に埋め込んだリザーバーのポートから点滴用の針を抜き、防水をしてシャワーをしていた。
 家でも出来ない事は無い。でも点滴の針とラインは約1週間は使うからその時に同じようにシャワーするしかない。

 冬の間は特に着替えする洗面所などは暖房もないし、お風呂でゆっくり入って温まらないと寒く感じる。病院には暖房も着いている。
家の洗面所にも暖房を付けようか。
ストーマの便を捨てるのにトイレも使いにくいかもしれない。
出来る事からやって行こうか。

2011年12月22日木曜日

良く食べる。。。無理はするな。

 今日は温熱治療を終えて一泊入院の後、お昼前には清算して病院を出た。
ここは新しく綺麗な病院だが、院長は大阪大学の名誉教授で今日の帰りに診察してくれたが、専門が放射線なので、温熱以外の事は余り聞けなかった。
難病に打ち勝つにはまず信頼出来る先生を見つける事だ。
今の三重中央では今の所、抗がん化学療法しかない。もっと色んな選択肢を探したい。

 
 お昼前に病院を出る事が出来たしこの機会に服部緑地にあるお墓に向った。
少しでも無理ならやめようと思っていたが、雄一も比較的元気だし最短の地図も頭に入れたからそんなに時間はかからないだろう。
行く途中にとんかつ屋さんが有って「帰りに食べようか?」と車の中で話していた。

 おばあちゃんのお墓をタワシで少し洗って線香を立てて、雄一を呼んで来た。
点滴やストーマの機器セットを持って歩かないと行けないので、病院以外では特に外に出るのを嫌がる。「病人丸解りやんか」と嫌がるが、何で現実を受け入れない?点滴セットを持って歩くのが何で恥ずかしい?
辛いのは解るけど、今を受け入れてそこから頑張るしかないんだよ。
 ぐずる雄一を引っ張りだしておばあちゃんのお墓の前まで行き、一緒に手を合わせ、今を感謝して「これからも守って下さい・・・」とお願いをした。雄一にも本当はそうするべき、とは解っているハズだ。ただ素直に成れないだけ。
素直に「ありがとう」と言えたらもっと気持ちは楽に成る。

 その帰りに途中に有ったとんかつ屋さんに寄ると、やはり店に入るのを嫌がるので、お弁当をお願いして駐車場の車の中で食べた。メニューは同じ物。少し雄一のはご飯を減らしてもらっただけ。それでも苦も無く全部食べてしまう。吐き気をもよおす事も無い。
2時間弱のドライブの後、家に帰って暫くして今度はインスタントのどんべえを食べる。ジュースも良く飲む。
7時頃食べた夕食の量も僕とほとんど変わらない。本当にステージ4以上の胃袋、十二指腸なのか?
それに比べて健康体だと自負している僕の食事の量はほとんど変わらないから返って自分が心配に成る。

 今月始めに先生が言っていた事とは大きく違ってうその様に食べれている。少し心配なぐらいに。これは治療の効果だろうか?
もう少し自制して、無理をせず体力を回復させて腸も元気にしてストーマをまず取ってあげたい。

2011年12月21日水曜日

から揚げ食べたい!

 今日は茨木の病院で一日入院して温熱治療。
昨夜、三重の病院をまた一時退院。一週間分の薬と点滴をもらって帰って来た。一つの病院で全部出来ればいいんだけど今はそうは行かない。
今朝は茨木市内の渋滞も無く、途中で休憩しても1時間40分ぐらいで着いた。ここより大阪市内に向かうと渋滞になる。ここは第二名神を使えば予想以上に近い。

9時過ぎには着いて、予定より1時間以上早かったが、受付に行くとすぐに入院の部屋の手配をしてくれた。まだ10年も経っていないだろう、新しい病院で病棟はとても明るく4人部屋でも充分に広い。屋上にはサンルームや屋上庭園も有る。病棟の真ん中には大きな吹き抜けが屋上まで続き、見晴らしも、日当たりも良いしここなら入院しても気持ちよく過ごせそうだ。
担当してくれた看護婦さんもとても愛想のいい若いお母さんだ。久し振りに大阪弁で話が出来る。
温熱療法の出来る病院はこの手前で京都の長岡や奈良に有るが、少し遠くても車での便がいいし、選択としては良かったかな。

お昼前に温熱治療の準備をし12時過ぎから治療に入る。時間は40分ちょっとだ。
前回に点滴の小型モーターの外し方も心得ているので、今回は準備も早い。モーターを外しての通常落下の状態では前回は天井近くまで上げないと点滴が流れなかったが、今日は普通の点滴台で流れる。
何故かは解らない。でもお蔭で点滴の交換も調整も出来る様になった。

治療が終わると暖かくなって少し気持ちも良さそう。
そのすぐ後の少し遅い昼食も大体食べた。食欲は大丈夫そうだ。
3時近くなると何か食べたくなって1Fのコンビニに母親と行ったが、どうもお目当てが無くて何も買わずに戻って来た。
「何が欲しいの?
「から揚げ食べたい」
「・・・・もう・・・」 一番胃には、特に今は良くない食べ物の様に思うが、大好きな物は仕方が無い。
車で出かけて近くのコンビニに寄りから揚げ棒2個とフライを買って来ると、迷わず食べきってしまう。これは僕以上の食欲だ。けど2個目のから揚げ棒はさすがにやめさせて夕食の時に食べさせた。
今は食べても吐き気も出て来ない様だ。

治療が効いているのか、まだそれは解らない。希望をつないで続けて行くだけだ。


2011年12月19日月曜日

再入院も元気良し!


今日は三重の病院に再入院。
夕方に病院に来ると以前とは病室も代わっている。今度は4人の相部屋だ。
周りはおじさんばかり。こんな所に長く居たら普通の人でも落ち込んで病気になるだろうね。早くおさらばしたいが、先はまだまだ見えない。

先週の15日に一旦仮退院し、16日は大阪の病院へ行って初めての温熱治療。それから昨日までの自宅での点滴。
部屋は自分の部屋だしきれいに片づけもしたしエアコンも使えて、好きなゲームも出来るし、ビデオも見れるし、気分的にはとても楽だろう。
好きな食事も食べれる。点滴を持ちながらだが、家の中では自由に動ける。
実際、良く食べる様になった。それ程吐き気もない様だ。
今夜はシャワーもして顔立ちもすっきりしている。副作用で髪の毛が抜けるのを気にしているようだが、それで直れば安いもん!と言うぐらいの気持ちでいて欲しいなあ。

今日、再入院したが明日はまた退院。今日は抗がん剤の点滴も入れてもらった。そして21日はまた大阪で治療だ。今回は一日入院で22日に帰る事になる。2月まで8回、この事を繰り返す予定だ。
雄一も4人部屋だし、イヤそうだが明日までなので気楽に構えている。
外観から見る限り体調もずっと良さそうだし量は少ないけど食欲も有る。
今日、体重を測ると入院以来初めて増えて46キロ。わずか1,2キロだけど2週間前からは増えている。
病院の中でトイレに行く足取りも先週よりずっと普通に歩いている。
気分もいいのか今夜は良くしゃべってくれた。

来週の28日にも大阪へ行く予定だが、病院も29日までだし、お正月は休みだし、4日の外来受診までは自宅で療養させようと思っている。
家族の負担は大変だけど、やって行くしかない。
今夜の帰り際、「明日、早く来てな」と雄一が言う。
「うん、解った。おやすみ」
「おやすみ」 そんな当たり前の会話が普通に今日は出来た。
少しでも一緒に過ごせるようにしてやろう。

2011年12月16日金曜日

初めての一時退院と温熱治療


今日は大阪、茨木の病院まで温熱治療の初めての診察に行く。
朝6時半には出たかったが、色々準備に手間取り家を7時前にやっと出た。
昨夜から雄一は一時退院して自宅からだが、点滴も着けたままだし、何しろ初めての事ばかりで大変だった。今の病院を一時退院と言う形になるけど、その為の準備も病院の人達が本当にしっかりやってくれた。本当に感謝したい。
中でもその点滴セットは持ち運び出来るし、小型モーターで流量をきちんと管理出来るし本当に優れものだ。これのお蔭で大阪に行く事も出来る。

順調に走り、約2時間ぐらいで茨木の病院に着いた。まだ新しい病院でガンや緩和ケアに重点を置いた病院だ。しばらく待って初めての院長の診察。
僕がお願いしたい事は全部伝えて大体希望に沿った日程で治療日程を組んでくれる。紹介状も今までの治療記録やデーターも見てもらっている。
雄一はうなずくだけだが、その紹介状を横目で追っている・・・。
9月に入院してから、治療内容や画像などは初めて見るだろう。今の病院ではあまりそんな機会が無い。
僕達でもこちらから言わないと細かなところは余り教えてくれないので、その辺りが今の病院はもっとオープンにして欲しいと思っている。
確かに患者自身が見たらショックかも知れないけどね。。。
雄一には大体の事は隠さず話しているけど全部ではない。その覗き込む姿を見ていて少し気に成っていた。

日程を確認していると先生が、「今日、たまたま11時頃に空いているからやってみますか?」と言われてすぐにお願いする事にした。
治療着に着替えてこれから、と言う時に問題が発生・・。
温熱治療は原理は電子レンジの超大型の様な物なので電磁波が強く出る。特に電子部品や治療機器には影響を与える可能性が高い。それが雄一の点滴セットの小型流量計に影響が出そうで、と担当の人が言われて今日は中止しましょう、と一時はそう成りかけた。
三重の病院やメーカーの担当に電話すると「モーターを外して自然落下にすれば大丈夫」と教えられて先日教えられた事を思い出しながらモーターを外してみたら、何とか行けそうだ。何故か天井近くまで点滴を上げないと落下してこなかったが、初めて点滴の調整までして温熱治療が始まった。

下着だけに成った雄一は可哀想なぐらい、肉や脂肪が無い。ただ、この治療は脂肪が少ない人の方が良く効くらしい。ガン細胞は42.5度から死滅し始めるらしいが、脂肪が多いと、内部をそこまで上げるのに効率が下がって脂肪などが影響を受ける事が有るらしい。母親には「絶対無理やな。」と冗談も言っていた。
体が、お腹周辺が熱く成って来て、顔には汗が出て来ている。入院治療していると汗をかく事はまずない。この汗を見て体が温まるだけでも体にはいい効果に成るだろうと感じた。
そもそも温熱治療は高熱を出したガン患者の病巣が消えてしまった事に気が付いた医師が始めた治療らしい。今でも高熱を出す病原ウイルスを患者に注射して発熱させ治療する療法もまだ有るらしい。

治療を始める前も相変わらず雄一は目標を見失い、ヤル気も無く「もうガンはイヤだ・・」と弱気で前向きさが全く無い。もう3か月入院治療をしてきてストーマ一つ取れないんだから目標も意欲もなくす気持ちは良く解る。けれどやってみないと解らない。少しでも前を見て希望を持ち続けて、苦しい時こそ笑って前に進もう!とは何度も励ますが治療を終えてもそんな気持ちは見せてくれない。でも僕らは諦めずに出来る事をやり続けるだけだ。

そんな雄一でも朝はコンビニのサンドイッチ全部と朝からから揚げ棒を食べきる。僕よりも量は多い。治療の後は病院のラーメンの麺を全部食べた。ちょっと詰まりそうで気分悪くなったけどね。
自宅に帰ってから4時過ぎにはインスタントのラーメン。7時の夕食は焼き飯を半分ぐらい。これだけ食べれば充分だろう。治療が効いて少しでも肉が付いて欲しい。

入院以来、ずっと病院に掛かりっきりで雄一の部屋の掃除も片付けも全然出来ていなかった。今回一時退院となって3日間は点滴を付けて家で過ごす。なので、今週の夜中は病院から帰ってから片付けやその準備をしていた。ずっと寝不足が続いてさすがに今日も眠い。
けれど、雄一はやっぱり家が良いのだろう。ソファーでテレビを見たり、今は自分の部屋で好きなゲームも出来る。気を紛らす事も出来るだろう。自分でストーマの処理もしているし、入院生活から少し環境も変わって気持ちも明るく、少しでも前向きに成ってくれたら嬉しい。

それにしても今日の点滴用のあの優れ物の流量計のモーターの着脱と点滴の再セットはちょっとドキドキだった。でももうこれで大丈夫。来週は21日にまた行く。
明日は子供達との楽しい野球だ。絶対に良く成る!そう信じて頑張ろう。

2011年12月14日水曜日

信じよう!!

 今日はいつもよりずっと顔色もいい。水分も体内に吸収されているようで顔つきも柔らかい様に感じる。
食事も食欲も少し出て来て好きな物を食べているようだ。
昨日の血液検査の結果も前回の数値からは腫瘍マーカーも半分ぐらいになっていたそうだ。今回はタキソールが効果が有ったのかな?
先週までの副作用もそんなに出ていない様だ。このまま少しでもいい状態が維持して欲しい。

 今夜のテレビのバラエティー番組を見ながら笑っている。本当に勝手な性格だなあ・・・。今週の金曜は大阪での受診なので、木曜の夜には一時退院の予定だけど、点滴を背負ったり、自宅に帰ると自分である程度のストーマの処理はしなければいけないので、「退院したくない、」とか勝手な事を昨夜は胃っていた。
確かにここならベットに寝転がっているだけで、看護婦さんや母親が面倒を見てくれる。
 もう少し前向きになって欲しいなあ。

 辛い時こそ笑え!悲しい時こそ笑え! 強い夢を信じて頑張れば出来なくても近づく事は出来る。これは野球でも何でも一緒だ。信じよう!

2011年12月13日火曜日

少しの笑顔

 昨日は新しいストーマに換えてもらってテストしている。漏れてもいないし、病院や自宅に居る時はこちらの方がずっと楽なようだ。夜もそれ程気にしなくても眠れるだろう。
ストーマを換える時にお願いした先の腸への注入テストも先生がやってくれた。遅かったけれど、少しは期待している治療をしてくれたから少しは雄一も納得してくれるかな。。

 今週金曜に大阪の病院受診が決まったので、今の病院でも色々準備をしてくれている。外出様に点滴セットもメーカーさんに頼んで全部手配してくれた。新品の流量計も点滴を吊るスタンドも移動中に使うベストも。
今夜は点滴のつなぎ方の説明もしてもらった。
 少し年配の看護婦さんは本当に親身になって世話をしてくれる。本当にありがたい。

 一つ考えていなかった事が有った。
今の病院はずっと入院中だけど、今度大阪の病院で受診するのは外来での治療中心なので僕も先生も治療の間にそうすればいい、と思っていた。
ところが、保険法か何だか知らないが、入院していて他の病院を受診するのはその適法上、出来ないらしい。なので一旦退院処理をして受診後、3日(最低3日間の間隔が必要らしい)のちに再入院の手続きを取る、と言う事になる。
なんか役人のやりそうな事というか、融通が効かないというか、仕方が無いのでその準備も進めた。
 大阪での治療が始まれば週に1~2回の8回の治療がまず始まる予定だ。そのたびに入退院の手続きの繰り返しになる。面倒くさいが、これは仕方が無い。書類なんて何度書いてもいい。

 再入院までの3日間は自宅療養になるので、点滴のケアなど母親は大変だろうが、雄一に取っては気分転換にもなるだろうし自宅で過ごせれば気持ちも楽に少しでも前向きになってくれるかもしれない。
 今日は体調も悪く無いようで、好きな物をそこそこ食べている。
夜はテレビを見ながら久し振りに笑っていた。
 最近ではこんな表情は全くなかった。少しは気持ちも落ち着いてくれたのだろう。
嬉しい笑顔だった。

2011年12月12日月曜日

雄一の涙。。。希望を持て!

 今日は勿論仕事の予定だったが、大阪の病院の事も有る。五条にも月に一度は感謝も込めてお参りに行きたい。なので仕事は休んで朝6時前には五条に向かった。とにかくこれは自分自身の気持ちの区切りだ。
朝の渋滞にも少しはまったが、8時過ぎに着いて色々お参りをしてからお百度参り。雄一の回復を願いながら歩き続けた。
 僕は3回目だが、いつも来る人がいる。近くの人だろうか?大体こうしてお参りが出来る人は健康な人だ。皆、家族や大事な人の事を祈っているのだろう。

 10時前にはお百度も終わり、今日は祈願のお祈り(こういう呼び方でいいのか解らない)に本堂に入って一緒にお坊さんのお経や説法を聞いていた。
お経は小さい頃に母親やお婆ちゃんが唱えていたのと同じで、大体流れが記憶に残っている。ところどころ口ずさむ事も出来る。
この年になると本当に物忘れが多くなるが、こんな小さい頃の記憶は本当に脳みその中に残っていてよみがえってくる。
痴呆やアルツハイマーになった人でも自分の小さい頃の記憶は良く覚えていて、自分の生家へ帰ろうとするらしい。僕の今88歳になる親父も、生まれは1キロばかり離れた家なので、症状が出た頃は気が着いたら良く生家の方へ行っていたらしい。

 本当に久し振りにお経を聞いて改めて無心に成ること、その大事さを感じた。
色即是空だったかな?
形あるものはそう見えるだけ。ほしいと思えば欲が出る。無心に成れば気持ちも安らぐ。。。と言う事だったか。。。
また勉強しよう。

 1時過ぎに家に戻り病院に行くと、雄一がマンガの本を抱えながらベットに座っている。
「どうだ?今日は少し楽か?ご飯食べたか?」
と聞くと、しばらくして
「もう、こんなん嫌だ。。。」と泣き出してしまった。

 上手く行けばの予定では今週にストーマの手術をする予定だった。それが先々週には難しいと言う宣告を受け、唯一の希望を閉ざされた様なショックを受けている。
それでも何とか希望を持っていたが、いよいよ今週も無いとなると。。。
雄一の辛さは胃の中が痛くなるほど解る。
先の真っ暗な不安だけで、希望が雄一には見えない。また見ようとする気力も消えかけている。

 雄一の背中をさすりながら、大阪の病院の治療の予約も取れたし、約束している腸の治療も頼んでみるから・・・と小さな頃の様に話して勇気付けていた。
これが雄一の今の本心なのだろう。親として何が出来るのか?出来る事は何でもやる。
 雄一が本当に辛い気持ちの時に親として声をかけ、話すことが出来たから、今日は休んで良かった。これも神様のお蔭。。。そう思えてくる。

 大阪の病院からも連絡が有り、今週金曜に診察となった。遠いけれどもここでは出来ない治療も出来る可能性がある。茨木には母親の姉もいるので暫く泊まっても何とかなる。ダメならホテルでもいい。

 先生も居られたので、ストーマの話も雄一の気持ちも伝えて何とかダメでも治療を進めて欲しいとお願いをした。今日はそのストーマを交換する日で、いつもと違うストーマを試して、先の腸へも液を流してみる、と約束してくれた。
 何とか希望をつなぎたい。

2011年12月11日日曜日

とにかく気に成るストーマ・・・。

 今日 は一時帰宅。試合を終えて帰るとソファーに座ってテレビを見ていた。今日はいつもより調子はいいのかな。お昼からも量は少ないが、色々食べている様だ。
「病院の食事も、こんなんだったらいいのに・・・」とグチをこぼしているらしい。
まあ、本当にそれは同感だ。あの食事では間違っても太る事は無い。
カロリー計算も大事だと思うけど、味付けももう少し何とか成らない物か。。。

 夕食は豚肉のしゃぶ鍋。ひなた達も来て皆で食べた。量は少ないが、お肉も食べている。ぞうすいも少し食べた。食べている間もストーマには便が出て来る。雄一はとにかくこれが気に成ってイヤでしようが無い。洩れる事も有るし、夜も溜まると気に成って良く眠れない要因にもなっている。
諦めて受け入れて、そこから考えてくれれば良いんだけど、雄一にはその様な考え方は出来ない様だ。一時は助けてくれたストーマだけど、辛い気持ちも良く解る。
何とか希望が叶えられる様にしてやりたい。

 来週は上手く都合が着けば大阪での治療も受けれるかもしれない。何とか可能性を探りたい。

2011年12月10日土曜日

可能性を探れ!


  昨日、今日と少し食欲も出て来ている。
先日、先生に紹介状をお願いして、今日、今度行く予定の病院にFAXを入れてもらった。本当は昨日の内に入れて来週の予定を立てたかったが、今日になってしまったので、先方と打ち合わせが出来るのは月曜以降になってしまった。先生も色々忙しいだろうし仕方が無いか・・・。でもね、そんなに時間の余裕が無い。少しでも早くやりたい。

今の病院では抗がん治療は科学療法しか出来ない。少しでも他の治療もと大阪の病院にアポを取った。まず温熱治療からだ。雄一の状態では出来るかどうか解らないが、少しでも可能性にかけたい。
保険は効かないが、免疫療法も最近は色々有る。雄一に負担の無い治療で悔いのない様にやりたい。

今のタキソール治療は大人の限界量一杯だ。金曜に2回目の投与が有ったが、弱った体にはちょっと心配だったので、先生にも確認してみた。
3回目は調子を見ながら、止めてもいいと言ってくれている。副作用も心配だし、癌よりも薬で弱ってしまう場合もある。でも普通の病院ならこのような標準治療しかない。

他にも色んな治療は有るのになんで保険が効く治療は限られてるんだろう。これだけ科学や医療が進歩しても治療は根本的に変わっていない。手術と科学療法だけだ。
色々証明されていない事が有って国は保険認可をいつまで経ってもしないが、今の治療だって初期で切除出来れば治っても、それ以外は治すと言うより、苦しい治療を続けて少しの延命が有れば効果が有った、と言う程度で完治は出来ない。
もう治療法が無くなったら緩和病棟行きになってしまうだけだ。
先の見えない患者に少しでも希望や可能性を探るチャンスを作って欲しい。

人間の体でガンにならない所が有る。それは心臓だ。なんでだろうね。骨も血液も脳にも有るのに。神様のいたずらか?
心臓にガンが出来てしまったらすぐに人は死んでしまう。それではガン細胞は増殖出来ない。だからそれ以外の所に病巣を張って散々苦しめながら広げて行く。。。と、何かのページに書かれていた。
そんな物には負けたくない。何か方法があるはずだ。

2011年12月8日木曜日

ひなたの「ありがとう」

昨日もこのところも食欲も元気も無い。
鼻血も少し出た。多分、タキソールの副作用だろう。
何とか希望を持って欲しいが、先への意欲も失っているようだ。
僕には言わないが、母親には「もう、どうせ・・・」なんて事を口にするらしい。
中々本当の気持ちを出さないし、しゃべる事も少ない。
 言葉にして気持ちを出せ、といつも僕は言ってるので、僕とはまあまあ話してくれが、看護婦さんにはしゃべらなくなった。

 昨夜、ひなたとお姉ちゃんが来て雄一にもらった沢山のソックスを持って「ありがとう」と言っている。それに雄一は泣きそうな顔で答えていた。
雄一の心の中はどんなんだろうね。。。無邪気なひなたの表情。雄一は先をも解らない闘病生活だ。見ているだけで僕も詰まってしまった。

 もう苦しい治療は考えるところに来ているかも知れない。
「雄一はどうしたい?」
「・・・・」
「もう嫌なら治療やめてもいいぞ。病院が合わないなら変えてもいい」
「小腸を閉じたい・・・」
「来週辺りに上手く都合がつけば温熱治療に大阪に行くよ」

 しばらく自宅に帰ってもいいぞ、と言っても点滴が有るから病院にいる、と言う。
何か環境を変えて、希望を持たせたい。

 今日は少し食事も取れたようだ。食べれる楽しみから少しでも元気を出して欲しい。

2011年12月6日火曜日

ひなたの誕生日


今回の抗がん治療はタキソールの週1回の投与を4クール。その間に他の治療が出来ないか、ずっと考えていた。
その他の点滴の間を調整すれば、外出も出来る。今の病院で出来ない治療も外来なら出来るかも知れない。

以前からそんな事を考えていて、これからの治療も含めて先生に話してみようと思っていた。
今日、夜7時前に病院に来て詰所を訪ねると先生がおられて、希望や思いを話した。

1.温熱療法の可能性。
色々調べるとガン細胞は43℃で死滅するらしい。それを狙って電子レンジのような要領でお腹の中の患部を温める治療らしい。完治させる治療では無く、抗がん治療との併用が特に効果的だとある。患者にとっても暖かいお風呂に入る様な感じで負担の無く暖かくなって気持ちもいいらしい。
大阪や名古屋へ行けば治療する病院もある。先生も「今までの治療や症状をまとめておくので、まず相談して来て下さい。」と言ってくれた。

2.腸の復活をさぐる治療。
今回の検査ではストーマから先の腸が動いていない、機能が全く確認できないのが手術を止めた一つの要因だ。腸の先へ液を流したり刺激したりする治療もストーマの出口から逆にクダを先の腸へ入れれたらそれも出来る可能性がある。
ガンの影響で腸も難しいかも解らないが、わずかな望みをつなぎたい。
これもストーマの器具メーカーを今、相談しているのでやってみる様にする、と言ってくれた。

3.十二指腸のステント。
胃の出口から十二指腸の辺り、ガンの影響で狭くなって来ている。これが大きくなってしまうと、食べても流れず食べれなくなって、バイパス手術が必要になる。
今、ステントと言うのが有って狭くなった血管などの中にそれを入れて広げる事が出来る。カテーテルで入れてセットしてくる方法で十二指腸も同様に口から入れれば出来るらしい。今年から保険も適用になった。この病院でも出来るのでこちらも手遅れになる前に予定を入れてもらうようにお願いした。

他にも、色んな事、精神的なケアも、・・今日は全部話して僕なりにも少し整理できたし希望も湧いてくる。先生にも素人考えをそのまま話したが、気持ち良く対応してくれて「また、有ればいつでも言って下さい。」と言ってくれる。有り難い。

その後、雄一にも同じ様に話した。もう何も隠す事は無い。
昨夜は落ち着いてはいたが、今の状況で自分なりに先を理解していているのだろう。
色々話しかけてみるが、前向きな返事は帰ってこない。
9時に消灯して、自宅へ戻って夕食を食べていたが、どうも気になる。。。
また10時過ぎには病院に戻った。

子供の頃の話や雄一の名前の由来や・・・色々話した。こんな時に聞きたくない話、興味のない話かも知れない。時々嫌な様な顔をして、本当に嫌なのか、悲しいの
か、思い詰めているのか僕には良く解らなかった。
中々、言葉で気持ちを伝えられない、それが今の雄一だ。
何とか皆の気持ちを伝えて、受け入れて前向きになって欲しい。それが今は一番の願いだ。
今日はひなたの誕生日。もう10歳になる。雄一は10月末だったので、その時にひなたは母親と一緒に病院に来て買って来たマグカップをプレゼントしてくれた。
あの時はちゃんと「ありがとう」と言えた。
昨夜、その話をして「今度はひなたにプレゼントしてやれよ。」と言ったら、今日は母親に、ひなたのプレゼントを買って来て、と頼んでいた。

ありがとう、が素直に言える様になったらもっと気持ちも楽になる。
雄一は一人じゃないぞ。

2011年12月4日日曜日

少し柔らかな表情。。」


 今日は自宅へ一時帰宅。一時のショックから少し気持ちも落ち着いて食欲も出て来ている。先日は「内緒だぞ・・・」と言いながら絶食指示の間にサンドを一切れ食べさせた。先生もその後、「仕方ないなあ・・・でも無茶だけしない様に」とOKを出してくれた。

病院でシャワーを浴びて表情も少し柔らかい。
今日はお昼に好きなここ一番のカレー。小だけど、少し残しただけで食べたらしい。
肉も牛丼も食べたい、と言うので今日は家でゆっくり焼肉を食べた。お寿司も2つ食べたし、いつもより今日は食べてくれたね。
今度は皆で焼肉屋に行こうと約束もした。目先の楽しみでもいい。少しでも明るく前向きになって欲しい。

病院のロビーのクリスマスツリー
辛い宣告から3日が経つが、何とか気持ちを切り替えてくれたのが嬉しい。
今晩も泊まるけども明日はもう大丈夫だろう。
今回の抗がん治療はタキソールの限界量を週に1回だけ点滴で流す。それ以外は栄養剤と水分補給用の点滴だけだ。間が空くので少しもったいない気もするがTS-1をやらない分、通常より多めの限界量だからこれでいいのだろう。
多分、雄一にも楽なハズだ。少しでもいい方向に向いて欲しい。

この週末に病院には大きなクリスマスツリーが飾られた。クリスマスもお正月も一緒に過ごせるように祈ろう。

2011年12月2日金曜日

苦しい吐き気

 昨日の夕方からどうも吐き気が続いている。
8時にも9時ごろにも苦しそうにもどした。そんなに食べてもいないし出てくるのは濃い緑色した胃液のようだ。
そんな調子なので、今晩も僕は泊まる事にした。
 病院にまた付き添いの申請を出し、簡易ベットを頼んだが、隣りの空いているベットを使ってもいい、と言うので僕も隣りで横になる。

 吐き止めの薬を入れてもらったので、夜は少し落ち着いていた。けれど連絡を取ってもらった先生からは、しばらく絶食の指示。。。仕方がない。
朝方には薬が切れたのか、また何度か吐き気をもよおし、2,3度もどした。
可哀相に骨だけになってしまった背中を何度もさすってやるが、苦しそうだ。
二日酔いで何度か苦しい思いは何度も経験があるが、それが続くんだからとても辛いだろう。

 お昼前には今度はタキソールの抗がん治療が始まった。今回はこの点滴2時間ぐらいだけだ。吐き気を抑える薬も後で入れてもらって、お昼からはかなり落ち着いて来た。昼食も無しだけど、もう牛丼が食べたいとかアイスを食べたい、とか本当に懲りない性格だ。ここまで危ない状況なのに、まだ勝手な事を言い出す。
でも食べさせてやりたいし、アイスを買って来て先生に許しをお願いした。
「少しだけなら・・」と言われてハーゲンダッツを本当に少しだけだけど、食べて少しは気が収まったようだ。

 夕方にはポカリも少し、ゼリーも食べた。少し楽になって来たようだ。
昨日、急に吐き気や胃液が出て来たのは何だったんだろう。
もちろん、胃も十二指腸も腸も全然普通ではない。でも一番の原因は昨日の宣告があまりにショックで、それのストレスの影響が一番大きい様に思う。
なってしまった事は悔やんでも仕方がない。
今を受け入れて、そこから始めるしかない。気持ちをいつも前向きに持ち続ける様になって欲しい。
       
 今日も病院で泊まろう。でもここは暖房が利いてるし、空気が乾いてのどが渇くしベットも硬い。ハッキリ言って気持ち良くは寝れない。
僕には少し寒いぐらいで毛布と布団をかぶって寝るのが一番いい。
今日は寝れるかな?

2011年12月1日木曜日

辛い辛い宣告


昨日、お昼すぎに電話を受けて、余り検査の結果が良くないらしい。
もう仕事も手に付かず、早めに帰って来て話を聞いた。

腸など条件が良ければストーマの元に戻す手術を12月の9日にはする予定だった。
CTの色んな検査。腸のストーマから先の腸の検査、血液検査など、どれも良い結果は無かった。
特にストーマから先の腸は腹膜炎か癌の影響かほとんど動いていないらしい。もし手術をしても腸がつながる確率はかなり低い。また腸管が破れたりする危険性の方が高い。
血液検査での腫瘍マーカーも上がっている。
十二指腸の周りも狭くなって来ている。腎臓の尿管も。。。

明るい結果は何一つ無かった。
このままでは雄一が唯一の望みで、期待していたストーマを戻す手術はとても出来そうにない。母親や先生と「何と話をしよう。。。」考えていても今は方法が無い。
少しでも楽に過ごせるように、苦しい治療を止めるか、もう一度抗がん治療を続けて可能性に望みを託すか、、それしか無い。

手術が出来ない以上、雄一には説明が必要だ。皆で相談しある程度、この事実を伝えるしかないと決めた。
病室で雄一に先生が話をする。出来るだけ落胆させないように話はしてくれているが、本人に取っては相当なショックだろう。もう宣告を受けたような。。。

その後の夕食も、もう食べる意欲も無くしている。飲み物も取ろうとしない。母親は泣いているがそれでも食べようとしない。
そんな状態なので、昨夜は付き添いをする事になった。一旦帰って支度をし病院に戻った。
相変わらず何も食べない。寝る前に少しジュースを飲んだだけ。

眠剤を飲んでいるが、こんな状態では眠れないだろう。雄一に取っては辛い、苦しい、希望を絶たれてしまったような夜だ。。。
朝、朝食が来ても食べようとしない。言葉も出てこない。
ストーマからは濃い緑色した胃液が流れて来ている。大きなストレスもある。でも何か食べないと、このままでは胃も腸もやられてまた鼻にクダを通す事になる。そこまで言っても食べようとしない。

8時過ぎに母親が来て何とか食べさせようとする。涙ながらにさとし、話ても返事もしない。「お前男だろ。自分の事よりも母親の為にそんな事が出来ないのか?」辛さは痛い程解る。叱りたかったけどこれ以上は言えなかった。
人は追い詰められた時、子供の様になる、と聞いた事があるが、雄一は小さい頃の親に反発する子供そのままだった。
雄一にもメンツが有る。暫く僕は居ない方がいいだろう。部屋を離れてしばらくして戻ると朝食を少し食べていた。

これからも雄一には辛い日々が続く。すぐまた抗がん治療が始まる予定だ。何とか希望を与えてやりたい。