2017年6月29日木曜日

層雲峡、黒岳。。また来るよ。そして思い出の摩周湖。

 今朝も早く起きた。明るく成りかけた頃に。
モモ達を連れてキャンプ場周りをお散歩。石狩川の水流は増えていて少し濁っていて流れも早い。普通に整備されていればもっときれいなんだろうけど雑草は通りだけ少し刈られているが他は木々が茂っていて中には入ろうとは思わない。ちょっと残念だなあ。
層雲峡キャンプ場周りの遊歩道。左は石狩川


 簡単な朝食とコーヒーを入れて少し休憩して片付けて出発。
まず層雲峡。キャンプ場からは10分ちょっとだ。まだ朝は早いし人影は殆ど見えない。最初はモモ達を残して用意して来たお花を持って4年前に弔った銀河の滝の流れる石狩川のたもと。そこにある石の上にお花を置いて手を合わせた。少ししてお花の束を崩して石狩川へ流してあげたよ。。

また来るよ。。
するとね。。大体は石狩川の流れに乗ってそのまま流れて行く。ところがピンクのカーネーションだけが流れた、と思ったら先の岩のよどみの流れに巻き込まれてまた戻って来る。また流れた、と思ったらよどみで戻って来る。何度も何度も。。

 ヨメと暫く見つめていたよ。泣きそうになりながら。5分以上続いただろうか。やっと流れて行ったよ。また来るから。。手を合わせて、今度はモモ達も下して皆で散策。銀河の滝、流星の滝。石狩川の対岸の絶壁から滝が落ちて来る。その絶壁に有る大きな色んな形をした岩がそれぞれに似通った物の名前が着いている様だね。また来よう。

流星の滝


 そこから少し戻って黒岳のロープウェイへ。4年前はホテルから早朝にお散歩してたら雨が降っていたけどロープウェイが動いていたので行ったんだ。モモ達は乗れないので今日は僕だけ。20分おきぐらいに出るロープウェイに一度はカメラなどを取りに戻っている間に乗り遅れ次の便に成った。
 その便にはね、団体客が60人ほど来るから、とアナウンスが有ったがバスから降りた中国人達が大声でしゃべりながら入って来る。観光業者には中国人様様だろうね。この便に乗った日本人はおそらく僕も含めて3人ぐらいだ。

  ロープウェイを降りて遊歩道を高見の台まで歩いたが中国人が多くてうるさくて、ここは後にしてスキー場のリフト乗り場まで行った。近くには万年雪の様な雪の塊もいくつか見える。誰も乗ってはいないがリフトは動いている。ちょっと乗って見たかったが今回はモモ達が待っているし今回は諦めた。
黒岳スキー場へ。
スキーやボードが好きだった雄一。特にボードを始めてからは友達同士でも何度か行っていたようだ。大雪の時にボードに行って交通整理で止まっていたら対向車が接触して「ちょっと事故ったけど大丈夫だから」と電話をかけて来た事も覚えている。
 高見の台へ戻り、黒岳は霧で見えないけれどビールを手向けたよ。4年前は好きなだけボードで滑って。。と、ここに弔ったんだ。


 ロープウェイを降りモモ達の待つ車へ。この黒岳で、今回の北上の旅の大きな目的、同じ所にもう一度行って弔う!は達成出来た。後は44年前の思い出をたどり、ヨメにも見せてあげたい。44年前は霧が晴れ上がっていくとっても綺麗なその名の通りの霧の摩周湖だったが、もう一度見たい。

高見の台への道脇には遅咲きの山桜が咲いている。


 再び層雲峡の方へ走り国道39号から摩周湖を目指す。44年前は襟裳岬から黄金道路と呼ばれる道路を走って阿寒湖から摩周湖へ行った記憶が有る。あの頃、黄金道路と言ってもずっとホコリだらけの地道だったよ。


屈斜路湖が見える
 グーグルマップでは39号から屈斜路湖畔を通るルートを案内する。その通りに走って行くととっても見晴らしのいい峠に出た。美幌峠、360度のパノラマと有る道の駅が見えて来た。眼下に屈斜路湖が見え峠からは回り全周の風景が見える。確かに360度のパノラマだ。素晴らしい展望!
美幌峠の歌碑。美空ひばりの。。

屈斜路湖
モモ達を下して一緒に展望台までお散歩。知らなかったけど美空ひばりの「美幌峠」っていう歌が有るんだね。その展望台へ行く途中にその歌が流れる歌碑が立てられている。晴れた日は知床半島まで見渡せるらしい。多分だがそれが見えるなら国後島などの北方領土も見えるんではないかな。今日は少しガスがかかっていたが眼下の屈斜路湖は綺麗に見える。後ろは十勝連峰かな。北海道らしい素晴らしい景観だった。


 そこから摩周湖はそう遠くない。昔は道路も北海道はまだ地道が多かった。でも本当に綺麗に整備されている。摩周湖へ登る道路も。昔はこの辺りの地道の登り坂でパンクしてそこで修理した記憶が有るんだなあ。あの時は道具も空気入れも全部積んでいたんだ。
霧一つない摩周湖!



摩周湖の駐車場もこんなに広かったかなあ。お金も取られるが。。今日は霧も無く全周が見渡せる。確かに霧が有った方が綺麗だろうね。ここでもモモ達も一緒に歩いたよ。土産物屋さんも綺麗に成っている。その前でモモ達と物色するヨメを待っていたらリスさんも出て来て食事していた。それをマーちゃんが首を伸ばして覘く。可愛かったなあ。

2人の目線の先に。。リスさんが食事中。

マーちゃんがこの距離でも逃げない。でもこの後さらに近づいて逃げた。。

 また来よう摩周湖。今度は霧の有る時に。次は知床の予定なんだけどまだ時間も有る。
出来れば見ておきたかった北方領土。地図で見る限りここから標図と言う太平洋側へ出れば国後島が見えると思う。そこへ向かった。途中にレストランで遅めの昼食をして4時頃にはそこに着いた。少し海岸線沿いに走るとオートキャンプ場の看板が見えてそこへ入って行く。そこはオートキャンプも出来る。テントも張れる。車中泊も出来る。海岸まで芝が綺麗に張られていて、とっても広くて綺麗。トイレなどの設備も整っている。
本当に広~い公園。

堤防の先には国後島が見える。

 モモ達を下して堤防の先まで歩いて行くと、そこに、その先に国後島が大きく見えた。すぐそこに有るんだよ。昔の日本の島が。いつか戻って来て欲しい。左手には知床半島も見える。右手は根室の方かな。
後ろには北方領土の国後島。こんなに近いのに。。
  モモ達はここでゆっくり遊んでトイレもしっかりした。出来れば今日は知床へ行きたいけどここで泊まってもいい。受付のお姉さんに聞いてみるとオートキャンプは1台5000円。5000円?!!車中泊は?と聞くと、そこの駐車場なら200円。ここに入れておいて下さい、と小さな貯金箱みたいな箱を示す。オートキャンプなら電源もサイトも完備なんだね。5000円に頭数とその他の費用も入れると結構取られる。それならホテルへ泊まる方がいい。まだ時間は十分ある。知床まで走ろう。
またいつか遊びに来よう。
昔、知床の羅臼から山を越えてオホーツク側の斜里町へは凄い山道だったと思う。だから44年前も通らなかった。グーグルマップでは綺麗な道路に成っているように見えるが今回も国道244号から知床の斜里町を目指した。距離は80キロ以上あるがそこまでの道路、殆ど信号が無い。7~80キロクルーズかそれ以上で知床のさいはて市場まで一気に着いた。まだ時間は5時前。市場はもうすぐ閉店の時間だけど聞くと、いいよ~。と愛想いい返事。ここで少しお土産を買う。

 44年前はこの辺りのユースホステルに泊まった。素泊まり数百円、食事が着いても2,3千円以内だったと思う。高、大学生達が圧倒的に多かったな。宿舎もお風呂も綺麗だったよ。今はユースってあんまりないね。どこも高級志向に成ってきている。あの頃はお寺や神社がユースの看板を上げているところも沢山有った。お金のない学生には本当に安くていい宿だったんだよ。あの時の日本一周も半分以上はユースに予約して泊まった。

森繁久彌の知床旅情の歌碑が出来ていた。
知床は世界遺産に成ってから一気に変わった様だ。さいはて市場のおじさんと44年前の話をしていたら途中に有ったオシンコシンの滝辺りも細い山道の地道だった事も良く覚えている。今はその下を広いバイパスの様な道路が走る。知床半島の縦断道路も最近出来たらしい。世界遺産の記念の建物や広くて設備もいい道の駅。海岸沿いにも観光名所が広がっている。知らなかったけど北海道の名付け親とされる探検家の松浦武四郎の没後100年の記念碑。彼は三重県の松阪出身なんだね。ちょっと親しみも沸く。
松浦武四郎の石碑
その知床のとっても新しくて広い道の駅。車中泊やキャンパーの人達の車が7.80台はある様な。洗面所には食べ物の洗い物は禁止の張り紙も有る。マナーを守るのは当たり前だけど沢山の人が車中泊などで使用している様だ。一つ思うのはこれも時代の流れ。観光地に限らず新しくて設備が整った道の駅はそのようなユーザーが沢山いるのも事実。整備するのにそれも考えた設備にするのが一つは必要なのか、と考えるね。

 駐車場の端の方へ止めて食事の準備をしているとマーキュリーがいきなり吠え出す。先を見ると、、キツネが。。ここでエサをもらえるのを知っている。実際にエサをやる人がいて、ここの常連風なキャンパーの人が「そんな事したらダメだよ!キツネにも良く無いんだから!」と叱っている。当たり前だね。
 明日は時間が有れば遠いけれど宗谷岬まで行きたい。44年前はそのように走ったんだ。まだ地道が多い宗谷までの道を。明日も早く起きよう。

0 件のコメント: