2013年9月27日金曜日

モモとお墓参り

 昨日は大阪のお婆ちゃんのお墓参りへ。
用意を始めるとモモが騒がしく成る。
26日はもうお彼岸の明けの日だし、そんなに人はいないだろう。
モモも一緒に連れて出かけた。

 1年半通った第二名神は工事渋滞の情報。気が滅入るけど、山の中の迂回路は余計に時間がかかる。諦めてそのまま走ったが、やっぱり長い渋滞だった。それでも交通量が少ないから東名阪の様な渋滞では無いから、まだまし。

 茨木へは1時間近く多くかかった。そこから服部緑地霊苑まで30~40分。やっぱり人は少ない。
モモを降ろすと、とにかくテンションが高い。散歩をしても走りまわるので、仕方無く近くにリードを止めてお墓へ。ワンコ好きなお婆ちゃんだったから喜んでくれるだろうけど、この密集したお墓の中には、ちょっと動き回るモモは連れて行けない。

 帰りの土山SAで、モモも降ろして外で昼食。最近は高速のSAでは良くドッグランエリアが有るんだけど、ここには無いが、良くここでもワンコを目にする。この日も数頭のワンコがいた。
お供えに雄一も良く食べていた、ここで売っている天むすを買って来た。

 家に帰る前に花も買って雄一のお墓へ。モモにもお座りをさせた。解っているかなあ。。。
2年前の今頃は2度の手術の後で、やっと少し動ける様に成った頃だった。2か月ぐらいはずっと病院から出勤してたんだ。。。
何よりも皆、健康がいい。ずっとそう有るように頑張って行こう。

2013年9月23日月曜日

お彼岸

 今日は秋分の日。お彼岸の中日だ。
今までは余り意識はしていなかったが、雄一のお墓には毎週の様に行っている。
そして、昨日にひなた達も行ってくれた雄一のお墓には、新しいきれいなお花がそえられ、お供えも大好きな梅ジュースも誰かが置いてくれていた様です。

 このブログを見てくれている人には間違いないと思いますが、本当にありがとう。
雄一もとっても喜んでくれていると思います。
とっても僕も母親も喜んでいます。本当にありがとう。

2013年9月20日金曜日

おばあちゃんの真心

 昨日の大峰山の登山から帰る時にとっても嬉しい、感動した事が有りました。
駐車場を出て、しばらく行くとふもとの洞川のお土産屋さんや旅館が並ぶ通りが有り、そこのお土産屋さんの前に車を停めた。

 昔からあるこの地方特産の陀羅尼介丸(だらにすけがん)という薬が有る。関西の人は結構ご存じかも知れない。
僕も小さい頃から、お腹をこわしたら母親が、この薬を飲ませてくれた。
今も、ずっとこの薬は家にも有って、子供達にもワンコ達にも調子が悪い時は飲ませていた。
まだ、家には沢山有るけれど、せっかく来たんだし、それを買って帰ろうと思って店に入った。

 そのお店には、西浦本舗の陀羅尼介丸として売っている。
「おばちゃん、陀羅尼介丸って色んな本舗が有るけど一緒なの?」
 「うん、皆同じ釜で煮込んで作ってる」
色々話してそれぞれの値段を聞いた。
350円の袋入りの物からケース入りの物まで説明してくれる。
「この小さいケース入りのは?」
 「それ、1000円かな」
「じゃ、これでいい」
 「うん・じゃ、携帯用のケースも持って行き」
と言い、350円の袋入りも、「これも一緒に」と渡してくれる。

 「兄さん、くず湯でも飲んで行きなされ。」
と言い、僕も親切なおばちゃんだな、別に慌ててもいないしごちそうに成ることにした。
他の土産物を見ていると、
 「まあ、兄さん上へ上がりなはれ」と言う。
そして、くず湯とお茶と、あんこの入ったまんじゅうも持って来てくれる。そして今は懐かしいカラフルなこんぺい糖も。
お言葉に甘えて、上がらせてもらい、全部美味しく、田舎の母親やお婆ちゃんの味を思い出すような感じで、懐かしく食べさせてもらった。

 暫らく、僕の田舎は近くだと言う事も色々話をしていて
 「今度は息子さんでも連れておいでな」と言う。
「いや、息子亡くなったんや・・・」
と言うと、すまないような言葉を続けて、今度は
 「自分のご主人は前立線ガンから喘息も患って、手術して良くは成ったけど、風をひいた時に、栄養剤まで注射して無理をしたので、翌日にポックリ亡くなってしもうた。74歳で。」 
自分は2階から落ちて腰を骨折して大手術して、歩ける様には成ったが、今度は腸が癒着して腸捻転を起こし、腐った腸を切ってつないでもらって、何とか今生かせてもらっている、とも話す。

 色んな事をそれからも話した。頭のいい、可愛いおばあちゃんだ。
その後も、もう一つまんじゅうを持って来て、「お客さんからもらったんや」とゼリーなども出してくれる。ただの赤の他人のアディダスの派手なシャツを着たおじさんに。

こんなおばあちゃんには出来る事は何でもして上げたくなる。
大した金額では無いが、出雲では買わなかったブレスを

お茶もくず湯もまんじゅうもこんぺい糖もみんな美味しい
「これも、もらって帰るわ」

 中々話が途切れず、少し間をおいて
「おばちゃん、そろそろ帰るわ。また来るわな」
 「ありがとうね。今度は奥さん一緒に連れておいでよ。元気でな!また来てよ。」

 車を出す時も、一杯手を振ってくれる。
僕も手を振る。

 車を出して、すぐに僕はとてつもなく嬉しくて、嬉しくて泣き出してしまった。

 今日も大峰山に登りながら雄一の最後の日の事を思い出していた。呼吸器を着けたらもっと居てくれたと思う。まぶたも体も動かなくなっても意識は最後まで有ったと思う。雄一は望まないだろうから、呼吸器は着けなかったが、本当はどんな形でもいい、生きていて欲しかった。あの選択は間違っていなかったのか。。。

 心の底には悲しみや悔いは一杯あるけれども、その気持ちは、今日は本当に癒やされて悲しみでの涙では無かった。
 もう78歳には成るあのおばあちゃんには、イヤな事も、苦しい事も、間違った事も、受け入れてしまう、母親の様な大地の様な優しさで包む・・・すごく寛容な心が有る様に思えて・・・あれを真心と言うのだろうか。
本当にたまらなく嬉しい気持ちで、しばらく涙が止まらなかった。

 大峰山登山も良かったけれども、この日はあのおばあちゃんと出会えた事が、本当に嬉しかったね。また、今度会いに行こう。
 

2013年9月19日木曜日

大峰山へ登山

 今日は中秋の名月だね。モモの部屋のルーフにも明るく輝くお月さんが見える。でも本当に朝晩、涼しくなった。もう半袖では肌寒い。

 もう10月の足音が聞こえる。山に行くのも、もうそんなに時間は無い。
今日は台風一過でお天気は申し分無し。
大峰山登山にチャレンジ。

 早朝から家を出たので、そんなには時間はかからないだろうと思っていたが、ナビを設定すると到着予想時間は10時半頃に成っている。。。
「何で、そんなにかかるんや。。。」と見てみると、このホンダの純正ナビはバカだね。大峰山の登山口の洞川へ行くのに何で第二名神を選択する??帰りも同じだった。なんで70㌔以上も遠周りをする?
以前から思っていたが、これは信用出来ない。

 先日の台風で通行止めを避けようと安濃の山道に入ってしまって、未だに行方不明の親子がいるけれども、あんな天候の時にそんな所へ行くのも悪いが、ナビの指示を見て入ってしまったのではないか?名古屋の人だから知らない土地だろうし、僕はその可能性がとても高いと思う。
最近はナビが先導役で地図を見なくなった。だから道も覚えない。地図を見ていたら危ない山道だと言うのは解る。
行く手を濁流にさえぎられても、ナビは「直進です」といい続けていたのでは無いか?そう思う。電子機器やツールは便利でも、判断は自分がしないといけない。本当に悲しい事だ。

 頭の中に入れた経路で、結構飛ばして8時半には洞川の大峰山の登山口に着いた。途中の165号線はまだ通行止めで迂回路に成っている。洞川に着くまでも、沢山の所で工事や迂回が有った。洞川への道は昔に比べればとても良く成っている。それでもきついカーブや坂は沢山有る。

 着替えて、リュックに荷物を今日も多めに詰めた。長袖と上着とカッパ。食糧もおにぎりを多めに。山は何が起るか解らない。8時50分頃に出発。

 登山道に入るとすぐに女人禁制と大きく書かれた門をくぐる。
登山道は整備もされていて歩きやすい。夏に登った大山よりはずっと楽だ。

ただ、頂上に近づくにつれ、坂は急に成り、岩場を手を着いて登ったり、急な岩場を垂らされたチェーンにつかまって登ったり、段々きつくは成るが、これぐらいないと登山も面白くない。

途中には休憩茶屋が3箇所、中腹には水飲み場もあり、大体それに合わせて休憩を取れば、普通なら大丈夫だろう。


頂上まで57,800mって書いて有ったかな。普通に行けば登りだし、3時間以上はかかると思う。
途中鐘掛岩やその修行場。
そして絶壁の岩肌から逆さに吊らされて修行をする、西の覗。山頂の大峰山寺に着いたの11時20分頃。速いペースで歩いたし、大体見込み通りの時間だった。
 

 
さすがにその絶壁はマジで怖い。こんなとこに立っていて地震でも来たら間違いなく終わり。
逆さ吊りの修行はお寺に頼みに行かないと、出て来てくれないらしいね。ここも人手不足の様だ。



それにしてもこんな山頂に、大きな石碑は山道の両側にずっと続いているし、大きなお寺も、修行者用の大きな宿泊旅館も有る。



あんな急な細い山道しか無いのに、昔の人はどうやって、こんな山頂にお寺を建てたのか?大きな石碑を運んだのか?山頂で休憩していてずっと考えていた。



 大峰山寺から少し歩くと山上ヶ岳の山頂があり、その先はお花畑とは成っているが、この季節にはお花は見当たらない。低い背丈の竹(だと思う)が、その山頂を覆っている。
少し持って来た雄一の遺灰はそこにまいて上げた。花が咲けば綺麗だろうし、大峰の山々も見渡せる。また来よう。
 
 帰りに東の覗を見に行こうと、地図を見ても解らないので、宿の人に聞いたら
「東の覗はもうかなり前から閉鎖されて立ち入り禁止に成っている。とても解りにくいところで危ないし、どうしても行く時は案内人が着いていかないとダメと成っています。」

 それでは仕方無いね。そんな危険をおかして迷惑をかける訳には行かない。下山する事にした。
「お参り、ご苦労さまです。お気を着けて!」と送り出してくれた。その言葉を背に受けてとても嬉しい気持ちになった。


 下山のコースは一部の登りの急な岩場とは違い、下りやすい山道が整備されている。
  
今回は下りの足の負担を軽くしようと、トレッキング用のストックを持ち込んで使ってみた。ストックを使うと肩や手が足に合わせて動くので、バランスが良くなるのか軽く歩けるし下りのバランスも良く成るようで、いつもより下山の足の疲れは無かった。

 下山は2時間弱。3時頃には駐車場を出たけれども、洞川の旅館や土産物屋が並ぶところのお店で、とっても嬉しく、感動した事が有りました。
また、別ページで書いて見ます。とても感激でした。

2013年9月15日日曜日

モモと経が峰

 今朝から台風の影響で時おり強い雨が降る。
台風が近づいているし予報はずっと雨。試合も練習も中止にした。
お蔭で、溜まっていたホームページの更新も全部済んだ。

 雨が止んだ合間にモモと散歩。モモは今、36㌔を越えた。
前のシャパードのリーよりは体長はまだ小さいと思うが、お腹周りの肉はかなり着いている感じ。。
リーは30㌔無かったから、とにかく動きが身軽。
津の近くの経が峰にも軽々と登った。2時間以上の山の登山も平気。
こちらはその時のリーの経が峰のブログです。

 モモにはきついかも知れないが、一度チャレンジして見たい。
そう思って、先週の木曜にまず出かけた。
ところが、やっぱり30分もせぬ内に動かなくなる。坂でへたり込んで動こうとしない。
仕方無く、その日はそのまま下山。


 そして翌日、今度は作戦もコースも変えて再チャレンジ。
モモはいつもの様に大喜びで、車に飛び乗る。


 経が峰には沢山の登山コースが有って、登山と言っても軽いトレッキング程度のコースが多いけれど、その中で最短のコースを選んだ。
そして、作戦はおだてまくり、声をかけて、体を一杯撫でて、モモのペースで登る。
その日は10分ぐらいで、早くもへたり込んだが、子供にあやすように声をかけるとまた少し登る。
頑張れ!とか、いいぞ!とか、偉いぞ!とか・・・
登りながら、これは子供に対するのと全く同じだ、と思ったね。

本当に何度も何度もへたり込んだけれど、大人で2時間弱のコースを2時間半かかって、やっと山頂到着。
頂上でご褒美のおやつを食べて休憩。良く頑張ったね!

ここは標高819m。お天気が良ければ、津や伊勢湾が一望できるけど、その日はガスが多くて見れなかった。


帰りは大丈夫だろう、と思っていたが、下りの急な所では足が辛いだろう、またへたり込んでしまう。
体型も有るんだろうけど、特に後ろ足が辛そうだ。

 
このコースは最短な分、急な斜面も多い。少しだっこもしたけれど、この体重を支えるのは辛い。
下りも時間をかけてゆっくりゆっくり。それでも1時間半ぐらいで降りて来たね。
 
 モモの様な大型犬は寿命は10年ぐらいだろう。もう1年半が過ぎた。
たかがワンコだけど、モモとの時間も大事にして可愛がってやりたい。
また、機会を見て連れて行ってやろう。

2013年9月10日火曜日

高野山

 今日は以前から行ってみたいと思っていた高野山へ。
その昔、若い頃に血気盛んな頃は夜半にバイクで、何度か走りに行った事も有る。
車では初めて買ったターボENG車を少々いじって、走りに行った事も有る。
それ以来、もう30年近くは経つだろうか。。。

 天気予報では雨は無いハズだったが、昨夜は雨が降っているし、今朝がたも少し小雨が残っていた。距離にして140㌔以上は有る。3時間以上は見込んでいたが、結構飛ばしてもそれぐらいの時間はかかった。特に橋本から高野山までは、道も細く山は急カーブが延々と続く。バスや遅い車がいたら、もうどうにもならない。

 何とか10時半過ぎには金剛峰寺の前の駐車場に着いた。平日にも関わらず世界遺産にも指定されている所が沢山有るので、沢山の観光
客が来ている。
金剛峰寺の反対側に大師協会という大きな協会が有って、その中には弘法大師を祭った大講堂があり、その奥の授戒堂の中で、十善戒と言うのをしているので、是非立ち寄って来て下さい。
と、お世話に成った不動院のお寺さんに、昨夜どの辺を見てくればいいですか?と聞いたら、それを一つ教えてくれた。

 大師協会に行くとその十善戒は11時からと成っていて、もうその受付は終わりました。の表示が有る。時間は11時に5分前。
受付のお姉さんに「もう、ダメですか?」と聞くと、急いで用意をしてくれた。
弘法大師さんの大講堂を3度おじぎをしながら、授戒堂へ案内される。

 十善戒の内容はその授戒堂の真っ暗なお堂の中で、お経をお坊さんのマネをしながら少し唱えして、お偉いお坊さんが、弘法大師さんの教えの中から、日常生活の仏教的模範のお話を聞く、と言うもの。
 本当にお堂の中は真っ暗になる。ろうそくの火が暗くたなびいているだけだが、不思議な事に少しずつ目も慣れて来て辺りが解る様になる。
そのお話も当たり前の話だけど、言われると、確かに忘れているな・・・と感じる事が沢山有る。今日は、言葉と体と心を一つに、とお話されていた。これは野球にも通じる。
 お話が終わると、名前を呼んでもらって暗い壇上に上がり、直接お守りを渡してくれる。

 真っ暗な中で雑念から意識を外し、お坊さんの説法を聞いて、自分を見つめ直す。。これが約30分程。これで500円だから凄く安いと思うね。
ひなたや子供達にもこんな経験をさせてやりたいな、と思った。今の時代に大人も子供も一番欠けている物の様に思う。
高野山に行かれるなら、僕も是非お勧めします。

 この後は金剛峰寺の周辺の由緒ある国宝級の寺院などを見て回った。
御影堂の前に「三鈷の松」と言うのが有る。ここでは書かないけどその伝説も面白い。

 最後に奥之院へ。いずれ雄一もここに最後の納骨をするつもりだ。
その参道を歩いて行くと両脇には沢山のお墓や企業や有名人の慰霊碑が有る。戦国武将の明智光秀や信長、秀吉も有る。筒井や赤穂浪士、浅野のお墓も有る。敵同士と成る武将達のお墓が適当な距離を置いて、ここに沢山有る。
 歴史に詳しい人にはとても興味深くて面白いだろう、と思うし、少し歴史も勉強しないと、と思うぐらいだ。

 弘法大師さんのおられる奥之院の手前に燈龍堂という大きな本堂が有って、そこで参拝して、そこでは日数に応じた金額で供養もしてもらえるので、是非申し込んで見て下さい、と言うのも不動院のお寺さんのお勧めだった。

 受付で説明を聞くと、申し込むと毎日戒名をお唱えして供養してくれるそうだ。
14日間で3千円。1日でも有るし、日数を増やすと料金も高くなるが、ここはとても良心的な値段だと思う。一つの祈願や供養で一万円と言うのはざらだからね。
 雄一の戒名を書いて14日間の供養をお願いして来た。

 弘法大師さんが成仏されているという奥之院。今に成っても毎日弘法大師さんの食事やお茶をお坊さんが、決められた時間に運んでいる。不動院のお寺さんもその役責をしていたらしい。
何だか、離れ辛い、帰り辛い気がした。

 帰りも同じルートで帰って来たが、3時間半弱。結構遠いけれども、また機会が有ればゆっくり見て回りたいと思う。

2013年9月6日金曜日

大事なのは思う気持ち

 今日は雨も過ぎて朝から久し振りに朝日が差してくる。
今日は奈良の大宇陀の養護施設にいる親父をお見舞いに。その後は、これも久し振りに五条のお寺へ。

 10時半過ぎには着いたが、ここまで休憩も入れると2時間はかかる。名阪の針インターから行くのが、一番早い様だ。そこからは田舎道だし混むことも無い。吉野方面へ向かって行けばいい。
途中に大宇陀の道の駅が有って、今までは立ち寄った事は無かったが、今日は気持ちものんびり。立ち寄ってみた。

 特産品や土産物もそれなりに置いてある。きれいなトイレも有ってその向こうには地元の農家直販の小さな野菜市場が有った。袋に入れて値段も表示されているが、それが二けただったりで、僕にはとても安くて新鮮に見える。スーパーに行けばもっと安いのが有るかもしれないが、気に入った野菜をカゴに入れた。
 大好きなみょうがもにんにくも有る。雄一が好きだった巨峰も安そうでお供えに買って来た。
今夜はその野菜と少しのお肉を焼いて、冷えたジョッキにビール。美味しかったね!

 親父は今年はもう90になるのかな。。僕が声をかけると、少し目を開ける。体は本当に丈夫だ。僕はこの年まで、頑張れるかなあ。ちょっとここまでは自信が無い。
悔いのないように日々、過ごしていこう。

 今日はエレベーターのキー番号も看護師さんに教えてもらった。それを押さないと2階から降りれないからね。
施設を出てから、今度は五条へ向かった。ここからは1時間もかからない。
1年半、毎月通ったそこは、今日も同じ様に迎えてくれる。
これからも心の支えとして、これからも時々来よう。

 初盆を迎える前に、気に成っていた事が有って不動院のお寺さんに電話をかけて聞いた。

不幸が有った年は良く神社やお寺にお参りしてはいけない、と聞くしそう思っていた。けれど富士山山頂にも乗鞍山頂にも神社は有って鳥居も有る。もう何度もくぐっている。出雲大社にも行く予定だったし、これを続けていいのかな。。。と。

 そのお寺さんは
 仏式では49日で喪が明ける。それまでは控えた方がいいとは言われますが経典にはそのような決まりはない。喪が明けたら、普段通りにお参りを。むしろそれまでは控えていたのだから、故人の為にと思われるなら沢山お参りしてあげて下さい。 と言われた。
ネットで調べても大体はその様な事を書いて有る。
大事なのは人の気持ち、本当の気持ちならそれでいいんだよね。

 だから出雲大社も正面から手を合わせた。
出雲から帰ってからはもうすぐ式年遷宮もクライマックスの伊勢神宮にもお参りして来た。
伊勢神宮のいつも初詣でお参りする正宮は20年ごとに神様の住居が入れ替わるんだね。僕は知らなかった。
 もう新しい正宮が今年までの正宮より手前に殆ど出来上がっていた。もう10月の初旬にはその神様の引っ越しが終わる様だ。
また時間を見つけて行ってみたい。