2013年1月31日木曜日

涙。。。

 今日は三重中央での診療。
相変わらず、強いだるさ、吐き気は良く成らない。
朝遅く10時過ぎにやっと降りて来た。それでも中々ご飯は食べれそうもない。
少し食べたけれど、しばらくしてまた嘔吐する。少し休んで落ち着いてから家を出た。

 病院の前で車を停めると、「歩く」と言う。けれども今の状態では車椅子の方が安心。仕方無く車椅子に乗る。
受付を済ませると、今日は直接、外来の10番待合へ。
先日の採血では2回、刺された。別の場所へ行って時間もかかる。それを心配した外来の看護師さんが、前回の診療の帰り際に
「次から直接、10番へ来て下さい。ベットで休んでもらってこちらで採血しますから」と言ってくれた。

 しばらくしてベットへ案内されて採血をする。事務的では無く、色々な心遣いはとても有り難い。
採血の結果はヘモグロビンも少し減っているが、まだ問題無し。白血球や好中球は基準以上の数値だ。これだけ痩せているけど、栄養状態のデーターもいいらしい。
いろんな症状を先生に伝えて、

 「特にだるさ、脱力感がひどいんです。。何か効き目の有る点滴なんか有りますか」
先生もデーター上は問題ないんだから、特に処方する方法は無いらしい。
「昔、学生の頃にぐたぐたに疲れるとブドウ糖注射なんかしてもらった事有ったけど」
と、言うと
「じゃ、効果があるかは解らないけど、ビタミンなどの点滴をやっておきましょう」
と、成ってビーフリード、栄養剤の輸液とビタメジンのビタミン剤などを点滴してもらった。
2時間少々かかり、4時過ぎまでかかったけれども、だるさが良く成ることは無かった。

 病院で海苔を巻いたおにぎりを食べたのが悪かったのか、またストーマは黒く成って来る。
家に帰っても一度、嘔吐する。いつまでこんな事が続く。。。
夕食の時間にも疲れてベットで眠っている。無理はさせたくないが、何とか食べて欲しいのが親心。
 今までは嫌がっていたが、
「部屋に持って来るから、食べれる物だけ食べよう」と言うとうなずく。

 それから倉庫から小さな折り畳みテーブルを引っ張りだして来て、タマゴを入れたおかゆとデザートやケーキを持って上がった。
 食べるまでにも、体の準備が必要ですぐには食べれない。しばらくして、やっと薬を飲んで少しずつ食べ始めた。デザートは食べなかったが、おかゆはお茶わんを一度下げてから、もう少し食べる、と言って食べる。少しでも食べてくれたら嬉しい。

 その後、ベットで休んでいたが、トイレに行こうとするが、立ち上がれない。
腕も肩も細くて強くは引張れない。
「もうちょっと待って・・・」と言いながら、両手を僕の肩に着いて、頭を下げて僕の肩に押し付けながら何とか必死に泣き出すのをこらえている・・・。
 
 「もうボロボロや・・何が悪いんや・・」
 「今は仕方無いよ。ゆっくり治そう。何にも気にすること無いぞ。。」

 ガンが色んなところで影響している。副作用もとても大きい。でも今の治療ではこの現状を何も良くする方法がない。
 この時代に医学は本当に無力なのか。。。 

2013年1月30日水曜日

ゆっくり眠れ。

 今日も体がだるくて動けない様だ。
気持ちも悪くて食べれないのに、朝から2度、3度と嘔吐する。
食べていないのに胃液などを、何度も苦しそうに吐き出す。余計に体力も消耗してしまっている。

 病院から処方されたアシドレスと言う内服液。止血剤のトロンビンと混ぜて飲んでいたが、そのアシドレスの注意する症状には、脱力、だるい、嘔吐、などが書いて有って、今の症状そのまま。
胃の出血は今のところ止まってはいる様なので、今日から飲むのを止めさせた。

 抗がん剤のハーセプチンは頭痛、吐き気、嘔吐、無力感など、これもそのままの症状。
全部副作用という訳でもない。ほとんどはそれ以前からある症状だ。

 医療用のレンタルベットは3モーターで色々動くのはいいが、痩せきった体には、どうもクッションが合わないのか、腰が痛いと言う。
それで、母親が使っている、良くテレビの通販で宣伝しているマットのクッションだけど、それを外して雄一のベットに取り付けた。少しは楽なようかな。。。

 お昼過ぎにも吐いて、午後からは疲れてずっと眠っていた。夜半の時間に成っても中々起きれない。筋力が落ちている以上に体力が消耗しているようだ。
 それでも今夜の夕食には下りて来てくれた。とても一人では階段は降りれないけどね。

 今夜は以前に買った沖縄のアグー豚のステーキ。雄一が降りて来てから、ステーキ用の鉄板とコンロを用意して焼いて食べる。少ししか用意しなかったが、小さく切ったステーキを大体食べる。お味噌汁もご飯にかけたピッコロのハヤシライスも。
 それでも食べ終わって、また吐き気をもようして吐き出してしまう。全部ではないけどね。。。

 もう吐く苦しさにも体は慣れてしまっているようだ。その後、しばらくしてお味噌汁を飲んで、果物が欲しい、と言って缶詰のみかんを殆ど食べた。
その後、ソファーで横に成って、気持ちよさそうに眠る。
 この後、2階の部屋に戻るのが大変だったけど、今は良く眠っている。
気持ちを楽にして、ゆっくり眠れ。

2013年1月29日火曜日

今は休もう。

 今日は火曜だけども三重中央での検診。
少し頭痛は良く成った・・・と言うか、慣れるようにして我慢している、と言った方が当たっている様だ。
頭痛薬も胃には良くないので、出来るだけ飲まない様にしている。
それでも、嘔吐、吐き気や悪心、ひどいだるさは変わらない。視力や平均感覚もかなりずれて来ている様だ。

 今朝、ゆっくり階段を下りてくる。最近は階段は当然だけど、歩く時もすぐそばを着いて行く。足は細く筋力も無い。
 そして、少しだけ食べてから立ち上がろうとした時に、足やヒザが崩れて立ち上がれず椅子からずり落ちてしまった。手で支えようとしているが立ち上がれない。母親が叫んでいるが、どうしようも出来ない。
 声を聞いてすぐに駆け寄り、抱え上げてソファーに寝かせた。転んでしまうと、今の体力では自分では立ち上れない。

 ソファーに寝かせて、足やヒザをずっとさすってやっていた。ふくらはぎや足首は僕の腕ぐらいに成ってしまった。ヒザにも、トイレに行ったりする時にぶつけるのだろう、青あざが沢山有る。
普段は嫌がるが、さすられていると気持ちも落ち着くのか眠っている様子。。。

 僕が小さい頃、母親やお婆ちゃんが、お腹や背中を良くさすってくれた。とても気持ちが良かった。父親は夜に熱を出した時に片道1時間以上も背中に背負って病院まで行ってくれた。まだ小学校に行くか行かないか、ぐらいだったと思う。田舎だしバイクも車なんて当然無い。4キロ近くはその先生の所までは有ると思う。
 月明かりの下を父親と話しながら背中におわれているうちに、先生の所に着く頃にはもう元気に成っていた。父親とのそんな事が一番の記憶に残っている。
 
 手当とは字のごとく、手を当てると書く。母親の手や両親のぬくもりは何よりの薬だ。
ついでに言うと、ガンは品が山の病と書く、癌。
好きな物は何でも山の様に手に入る、仕事もストレスも山の様。。。これも字のごとくだ。昔の人は本当に偉いね。

 何とかお昼前には出かける用意が出来て病院へ向かう。入口の前に停めて今日は車椅子を借りて来る。雄一は嫌がるが、今日はさすがに乗った。
 採血に行くと、どうも若い人だ。。。 案の上、針をさして何度かいじくるが、血は出て来ない。腕も血管も細く成っているし難しいとは思うけど、「すみません、もう一度反対側でお願いします。」と言う。
もう少し腕を上げて欲しい。

 その後、外来で待っていると「気持ち悪い。。。 」と言い出す。ベットを借りて休ませていた。
血液検査の結果、ヘモグロビンは基準の下限を切っているが、輸血の必要はない、との事だった。お腹の中の事だから良くは解らないが、金曜に輸血してから少しは出血も良く成ったのか。。
 今朝は沢山吐いて、とても苦しそうで、血も混じっていたから心配していたけれど、ほんの少しだけ安心とまでは行かないが、気持ちは少し落ち着く。

 昨日は三重大前の福祉のホームヘルスセンターへ行って看護ベットを頼んで来て今日の3時の搬入の予定。雄一の部屋は使っていたベットも出して用意は出来ている。
 病院から戻って暫らくすると時間通りに来てくれた。その道の職人さんらしい人と大卒の3,4年ぐらい経験した様な営業マン。それにとっても可愛い若い女の子が、組立や営業マンの契約書の取り交わしなどをフォローする。本当に可愛くて頭の良さそうな子だ。モモも1Fにいたけれど、愛嬌良く相手もする。
 そのお店に行くと大学出たぐらいの若い女の子達がいつも数人はいる。対応もしゃべり方もキチンとしている。
 今日も頭の良さそうな、テキパキと動く彼女のお蔭で、少しハッピーな気分だった。

 電動のベットと低反発のマットで、雄一も
「気持ちが良くてラク!」と言っていたが、すぐに寝込んでしまった。今日はジュースやウイダーゼリーぐらいで、ほとんど食べていない。
 こんな調子だし、熊本でもらって来た薬も今はストップしている。

「一旦調子くずしたら、中々戻らん。。。もうボロボロやわ。。」と言う。
思う様に動けない、相当な辛さが強情な気持ちの中に有る。
「大丈夫、良く成るよ!今は絶食でいいんやから。力抜いて今は休もう。」

「頑張れ。」とは言えない。もう常識では無いぐらい頑張っているんだから。
早く調子が戻って欲しい!

 

2013年1月27日日曜日

落ち着いて欲しい症状。。。

 金曜に輸血をして退院してからも、中々ストーマに出て来る便の色は良く成らない。
相変わらずの頭痛、吐き気が治まらない。嘔吐する回数は減ったが、その分食事は取れていない。
嘔吐して胃液も出して苦しいし、体力も落ちて来ているのだろう、だるさも増して来ている様だ。

 ベットで寝ている時間が長く成っていて、吐き気や気持ち悪さからベットにクッションを置いて体を起こして休む事が多い。多分、これも腰痛や背骨の痛さ、頭痛にも影響している様な気がする。頭痛の時は頭を下げて足を暖めるか高くして頭に血液を流した方がいい、と僕の経験では信じてるんだけどね。中々そうはしてくれない。

 今日の練習中も電話でまた吐いた。。。と聞いて心配だった。家に帰るとまた頭痛と吐き気で気持ち悪そう。でも今日はさすがにクッションを外して寝てくれた。やっぱりこの方がしんどい時はいいはず。階段を下りるのも足元が今はおぼつかないので、心配だけども、今日もひなたやお姉ちゃんが来てくれて、一緒に食事をしようと下に降りてくる。
 この家は平成3年だからもう21年に成る。あの頃は自分達で間取りも決めて建てたけれど、まさか今頃にバリアフリーが必要かな。。なんて思いもしていなかった。あの頃、引っ越して来て雄一はまだ神戸幼稚園に入る前。今更改築なんて出来ないけど、少しでも楽なベットぐらいは、と最近考えていた。

 入院すると病院のベットは全部電動で動くし調整が可能。それで、ストーマなどでいつもお世話に成っている福祉センターに聞いてみると、個人でもベットのレンタルはそれ程高くも無く出来るらしい。搬送も部屋までしてくれる、と言う。早速明日には仕様を確認してレンタルを頼むつもりだ。
 
 雄一は
「確かに病院のベットは調整出来るし楽。でもそんなんで寝てたら余計に動かん様になるかな。。」とも言う。
 けれど今は少しでも楽に成るように、頭痛や吐き気が少しでも良く成るならそれでいい。

 今日の夕食はひなた達と一緒に、うどんを入れた豚しゃぶ。うどんと豚をゆっくりとお代りして食べてくれた。ぞうすいしたご飯も少し食べた。エビのフライも細かく切って食べた。少し気持ち悪い・・・と言いながら食後にピーチの缶詰も少し食べる。この1週間ぐらいでは、これだけ食べたのは初めてだ。
しんどい中でもおしゃべりしながら食べるのも気がまぎれるのだろう。ストーマの便の色も少し良く成って来た。今夜はまだ嘔吐もしていない。
 このまま少しでも症状が落ち着いて欲しい。

2013年1月25日金曜日

どんな事にも意味が有る。

 昨夜遅くにベットに入って10秒ぐらいで眠り。。。
そしてまだ暗い4時半頃、ごそごそと頭の周りが重たい。モモがアゴを頭に乗せてくる。
「どいて。。 」と言っても動かない。押しても戻ってくる。。。

「これは何?何かの・・・ 」と思いながら起きた。
こうなったら起きて病院へ行こう。モモを1Fのモモの部屋におろしてから、支度をして出かけた。

「世の中、どんな事も必ずつながっている。何でもない事にも人生の中では意味が有る。だから今日早く起きた事はラッキー。モモが何か教えてくれたのかもしれない。意味のある、いい一日にしよう。」そんな事を考えながら。

 病室に入ると、少し顔をゆがめながら寝ている。やはり頭痛がまた始まって来た様だ。
夜中にロキソニンを飲んでいるが、どうも効いていないようだ。胃や腸が今は特に弱っているので薬を飲んでも吸収されない。先生もそう言う。
 吐き気は以前よりは少し良くなっている。嘔吐はしていないが、頭痛のせいで、朝食もお味噌汁を飲んだだけ。お昼もヤクルトを飲んだだけ。

 ストーマから出る便もまだまだ黒い。
11時頃に昨日のハーセプチンを投与する前に入れた解熱剤の入った点滴をもう一度流す。昨日はこれが、一番良く効いたようだ。
 そしてその後は輸血が始まったが、本当に流れるのが遅い。点滴棒を一番高くして全開にしてもそんなに早く流れない。これは1パック180ccだろうか、昨日は3時間弱かかった。
 そして今日も3時間以上かかった。

 雄一は輸血が終わっても気分が悪そうで、昨日の元気が無い。帰り仕度をしたが、足元はまだ安定していないので、車椅子を借りて下へ降りた。
 家に帰ってすぐに休む。夕食もなべ焼きうどんを少し食べただけ。まだストーマに出る色は黒く出血は止まっていない。本当は絶食がベストだろうけどね。。。
 来週にはまた経過診療を火曜、木曜に入れてもらった。出血が止まらなければまた輸血も有るかも解らない。

 もう4時前だったが、それからすぐに税務署へ向かった。
一昨年の医療費控除の修正申告。昨年の分も全部準備していた。
前回に方法だけざっと聞いていたので、抜けはないハズ。しばらく待たされたが、まだ若い男性職員が応対してくれた。

 病院ごと、月ごとにまとめて集計してファイルしてある。それを見せると、
「合計はこれですね?」 「はい」
「保険金の金額は?」 「これです」
「23年度の源泉徴収は?」 「これです」

「はい、解りました。では申告書を作成しますので・・・ 」

 と言って、中身は見ないし計算もしない。ファイルを見た時点で信用してくれたのかな?
パソコンで、同時に見ながら作成し、23年度の修正申告は30分以内に終わった。
全部そろえたファイルも割り印を押して
「領収書の提出は強制ではないので、持ち帰り下さい。その代り5年間は保存を」
と言って戻してくれた。

 少しだけど税金も還付される。うっとうしいと思っていた税務署だけど、応対も気持ちが良かったし、今日は少し救われた気分。
 24年度分も全部用意は出来た。2月中には申告に行こう。
 

2013年1月24日木曜日

ハーセプチン・入院・輸血

 今朝も朝から頭が痛いのだろう・・・体が動けていない。吐き気は少し楽にはなったようだが、相変わらず頭痛は引かず、殆ど食べれていない。
9時過ぎにやっと降りて来たが、付き添いをしないと足元はフラフラ。階段も危ない。
食前の薬を飲んで、母親が揃えてくれた食事に向ったが、食欲が無い。缶詰めのみかんを食べただけだった。

 今日は三重中央での診療。何も無ければ、抗がん治療のハーセプチン投与の予定。
でも先週に2回輸血をして火曜の検査ではまだ大丈夫だったが、あれからも出血は止まっていない。体がだるいと言うし、寒い、とも言う。多分、血液が減っているのは間違いない。それで抗がん剤は大丈夫だろうか・・・。そう思っていた。

 三重中央へ行くと、また看護師さんがベットへ案内してくれた。症状とかを説明して検査は良いのか、と先生に聞いてもらった。
暫らくして、血液検査が入り、また1時間ぐらいかかってその結果は。。。

 やっぱりヘモグロビンは輸血基準値を下回っている。けど白血球や好中球は規定以上有る。輸血と抗がん治療を同時に行って良いのか、先生が病院内で確認し、抗がん剤投与の後、輸血を行う事に成った。輸血は明日も行う予定だ。

 けれど、リザーバーの針を変えたのは、もう1時半を過ぎている。今から抗がん剤を始めても4時は過ぎる。そこから輸血をしたら帰りは何時に成る??
母親にも、雄一にも「今日は6時半は過ぎるぞ…」と言っていた。
先生は「入院してくれたら楽なんやけど・・・」と言うが、
雄一は「もうちょっと粘らして・・・」と、しんどそうな表情で言う。

 今日は遅く成る、と思いながらコンビニで、スティーブ・ジョブズの本を買って読んで、しばらくしていたら、もう眠くて仕方が無い。待合でウトウトしていたら、母親が来て、
「雄一が、一日やったら入院してもいい、と言ってる・・」
「なら、それでいいやん。病院も助かるわ。」

 そこからすぐに入院の手続き。別途、お金はいるけれど、トイレは何度も行くし、フラフラしているから、空いていた個室をお願いした。
ハーセプチンの投与が終わってから病室へ移動。
 おととしに入院した隣りの部屋に再び、戻って来てしまった。これは喜ぶべきではないね。でも本当は僕らにとっては、今の症状ならその方が安心出来る。雄一には申し訳ないけど。。

 5階の個室の部屋で、今度は輸血を開始。この病棟の看護婦さんも7,8割は入れ替わっている。なじみの看護婦さんもいる。ここは国立の機構だし、看護婦さんも色々配置転換が有るようだね。
輸血が始まって暫らくしてから、荷物を取りに家に戻った。トイレは心配だし、今夜は付き添うつもりでいた。

 入院は有る一面、有り難いけどやっぱり淋しい。帰ってはしゃぎまわるモモと散歩に出かけても気持ちは下を向いてしまう。何だか半分、気が抜けた様な気がした。家では本当に大変だけど、いざ居ないと僕らは何も出来ないね。

 荷物を持って再び病院に戻った。結局、輸血が流れ切ったのは8時半を回っていた。
ストーマの色は相変わらず黒いし、まだ出血は少し続いているだろう。けれど、頭痛はかなり楽に成っているようで、少し病院の夕食(3分かゆ)も食べたし、トイレへ行く足取りも少ししっかりして来た。
ハーセプチンは熱を出す副作用が有るので、それを防ぐ点滴も流しているが、それでも普段は低い体温が今は37度ぐらいある。
 体温が上がったのも良かったのかも知れない。

 雄一は
「これなら、大丈夫!乗り切れるわ。帰っていいよ」と言う。表情もずっと明るい。看護師さんもそう言ってくれるし、今夜はお任せして帰る事にした。
 
 遅くに帰って来たら、もうモモは早く中に入れろ!と騒ぎ回っている。。。
モモは可愛いけど、やっぱりうるさいのが居ないと家は淋しい。母親はこの時とばかりに夜中に部屋を掃除している。
 明日は早くのぞきに行ってやろう。

2013年1月22日火曜日

自家医療での点滴

 今日は予定外の三重中央での診療。先週の輸血からの変化を確認する採血も有る。
週末から特に頭痛やその度の嘔吐、胃の出血などが続き、心配で早く検査を受けたかった。
今朝も朝方から一度吐いて、缶詰のみかんしか食べていない。頭痛薬を飲んで、少し楽に成るまで待って、やっと11時過ぎに出かけた。

 採血をしていつもの外来の受付に行き、症状を説明して待っていると、看護師さんが、ベットへ案内してくれる。すでに待合のソファーで横に成っていたので、ベットを頼もうか・・・と思っていたら先に声をかけてくれた。有り難いね。本当にありがとう。

 血液検査の結果はヘモグロビン値は低いけれど、輸血する程でも無い値だった。白血球、好中球も大丈夫。頭痛の点滴を流したらすぐに抗がん剤を入れても良いよ、と先生が言う。
 先週の胃カメラの時に、胃の内壁のガン細胞と思われる検体を何か所か取ってHER2検査をやってもらった。これが陽性なら分子標的薬のハーセプチンが効果有るかも知れない。

 もう1年前から先生にはそんな話をしていた。検査をしないと判断出来ないので、前回の胃カメラの時もチャレンジしてもらった様だが、検体が取れなかったのか、結果は出ていなかった。
今回はやや陽性と先生は言う。何だか中途半端な気はするが、この際、少しでも効果が出てくれたらいい。
 それで、少しでも早い時期に先生はやりたい、と言う。僕も同じ様にやりたい。幸い、ハーセプチンは副作用も少ない。乳がんでは早くから適用され効果も出ている様で、胃がんにも、ごく最近に適用されたような記憶が有るが、そんな事は先生に任せよう。

 今日は火曜。そして予定では明日、水曜は名古屋での5種免疫療法の点滴と成っている。そのまま先生の言う様に行けば、その翌日の木曜に抗がん剤と成ってしまう。
少しでも早く5種免疫の点滴をやりたい。そこですぐに名古屋の病院に電話した。

 培養された点滴液は今日の4時までには届くらしい。これは読み通り。それで、今日すぐに取りに行くから、と了解をもらって、3時過ぎに家に帰ってから、冷蔵保存用のバックを持って僕だけですぐに名古屋へ向かった。
点滴は今使っている、リザーバーのラインを外してそこに繋げばいい。雄一は臨床検査技師だし、僕も点滴は毎日交換しているし、ラインも交換している。
 5種免疫治療はどっちみち保険適用では無いし、自己責任で行う治療だ。自分達で問題無く出来るハズ。

免疫療法の点滴
名古屋の病院で、一応説明を聞いて、6時過ぎには家に帰って来た。点滴は自然落下だから上から吊るさないといけない。上着のハンガー立てで代用出来るかな?と思っていたが、やはり高さが足りない。すぐに天井とドアの上にフックを着けてそこにワイヤーを張り、そこから点滴袋を吊るした。
 慎重に慎重に殺菌をしながらつなぐ。やはり自然落下だと、時間がかかる。途中から全開にしても圧が足らないのか、ゆっくりとしか入って行かない。約200ml、1時間以上かかった。

 これで、木曜の午後から抗がん剤を入れるとすると41時間以上は間が空く事に成る。本当は2日は空けたいけれど、水曜に点滴をして、もし木曜に抗がん剤が出来なかったら、また1週間延びてしまう。早く治療を進めたいし今回はこれが限界。良しとしたい。

 点滴の頭痛薬は暫らくは効くようだが、もう夕方には頭を抱えて食欲も無く吐きそう、だとも言う。
お昼も夕食もまだ食べていない。早く調子が戻って欲しい。

2013年1月21日月曜日

今夜はアグー豚

 昨夜も心配な夜。。。
夕食を食べている途中からストーマには出血が見えて、食べた後も気持ち悪い、だるい・・・と言う。
部屋に上がり、しばらくして全部吐き出した。少しは残っているだろうけど、薬も出てしまっているだろう。

 夜半、12時を過ぎてから、寝る前の薬もガマンしながら時間をかけて飲んでくれた。
何とか5時前ぐらいまで寝ていた様だが、戸を開ける音が聞こえる。
眠気と弱った体で点滴の携帯ポンプを持って歩くので、トイレの扉に当たる音が聞こえて、すぐに飛び起きて様子を見る。

 出血していたし、だるい・・と言うし、心配な夜だったけど、今朝は吐く事は無かったようだ。
沖縄のアグー豚肉
今日は四日市での用事に出かけたが、出かける前に
「昨日、言っていた欲しいゲームが有ったらメールしといて」
と言って出かけた。
すると帰る頃には
「これ、有ったらお願いね!」と添付ファイルを着けて送ってくる。

 帰る途中のヤマダ電気に寄ってみると、17日発売の期間限定のそのゲームが、後2枚残っていた。
早速、それを買って帰宅。
朝食が遅かったようで、良く眠っていた。

 そして夕食はまだ元気だった頃に、食べたいと言っていたので、送ってもらった沖縄のアグー豚のお肉。ステーキ用だけど母親が圧力なべで柔らかく煮込んでくれた。
ひなた達も来て夕食の時には雄一も起きて来て、少しだけど一緒に食べた。

 でも、せっかく美味しいお肉も皆が帰ってしばらくするとまた吐き出してしまった。
頭痛が始まると、気持ち悪く成って出してしまう。。。その繰り返しだ。
本当はもっと柔らかい流動食が良いだろうし、おじやも作っていたが、ご飯を食べたいと言う。心配だけど、食べたい物をしっかり噛んで食べればいい。

 吐き出してしまったけど、ストーマの便の色は今日は良く成って来た。
頭痛がもう少し治まってくれれば、吐き気も少なく成るだろうし、食べれる様にも成ると思う。
慌てずに胃腸を休ませながら少しずつでも回復して欲しい。

2013年1月20日日曜日

良く成らない頭痛、吐き気。。。

 輸血をして、頭痛薬ももらって来て薬は全部キチンと飲んでいる。
けれども、一向に頭痛は良くはならない。薬が効く数時間だけは落ち着いているようだが、それが切れるとすぐに吐き気が始まって、日に何度も吐いてしまう。

 昨夜の2度。朝にも。。。そんな事がずっと続いているから少ししか食べれないし、食べてもすぐに吐き出してしまう。飲んだ薬も一緒に。
 胃の出血は少し治まっていたが、今晩の夕食で少し焼きそばを食べたらまたストーマに出血して出て来る。こんな事がずっと続くのか。。。止血止めの薬もずっと飲んでいるが、まだ良くはならない。
さすがに雄一も少し参っている様だ。

 こんな事が続いているので、自分でも体重が気に成っているんだろう。
今日は自分で体重計に乗った様だ。それが44.2キロ。予想していた程は減っていなかった。フルカリックの栄養剤を入れているので、そのお蔭も有ると思う。それでも足もお尻も腕も本当に細く成ってしまった。

 最近は夜中に吐いたりして家族を起こす事も多いので、母親にも
「下で寝とっていいよ」と言う。
「起こしてごめんな。。」とも言う。
母親がそんな事を泣きそうになりながら話してくれる。

 今日、練習から帰るとフラフラと下に降りて来て色々と話をしてくれた。
こんな状態でも、
「今度、名古屋の治療行く時に元気だったら、タワービルの寿司、食べに行きたいな」
聞くと一皿、1000円ぐらいはするらしい。
「今、期間限定のゲームが出ているので、買って来て欲しい」
色々と話してくれた。
症状が良く成らない辛さ、淋しいんだろう。
 出来るだけ時間を作ってあげよう。


2013年1月18日金曜日

今日も輸血

 今日も三重中央で輸血。そして無事帰って来た。

 朝は頭痛や吐き気で、起き上がるのも一苦労。。。
9時前にやっと起きて、少しだけ口に入れたが、殆ど食べれない。
それからまたしばらく眠った。
 10時半頃にやっと起きて、フラフラと身支度。胃のストーマは相変わらず真っ黒。出血は止まっていない。

 11時過ぎに家を出て三重中央へ。着いても待ち時間が辛い。
頭痛も有るし顔も半分しかめている。看護婦さんにお願いして
「空いていたら、ベットを貸して。。」

 すぐに対応してくれた。
今日はお昼から主治医の先生もおられて、まず頭痛対策の点滴を流す。サクシゾンと言う点滴液100mlだったけど、半分も流さない内に先生が来て、
「これは効いてない様やな。」と一気に全開で残りは流してしまう。
 結構思い切りが有るね、この先生は!

 次に脳神経の先生の助言も有って、グリセレブと言う点滴液を今度は200ml使った。これは脳の中の水分を減らす薬らしい。頭痛の要因は脳を取り巻く髄液の圧が変化したり、水分が増えた場合にも起るようだ。
 半分ぐらい流すと少し楽に成った様な表情を見せる。

 先生が手招きして、頭痛の要因と思われる症状やその薬の事を説明してくれる。いずれにしても、元はガン細胞が影響しているのは間違いないだろう。今日は点滴で、今夜からの飲み薬も処方してくれた。
 胃の出血止め用の薬も今回は細粒の薬と乳液の様な薬剤を混ぜて飲む。胃を保護する為に5分ぐらい前には少し牛乳も飲む。

 その点滴が終わって、やっと輸血に入るが、もう2時を過ぎる。。。やっぱり今日も遅く成る。終わったのは4時を回っていた。
でも、今日も無事に帰って来た。本当は入院なんだから。

 家に帰っても疲れたのだろう、良く眠っている。夕食の時間もそれに合わせて遅めにした。
今日は食べたい、と言っていたお好み焼き。薄く小さく焼いて、良くかんで食べる。
ご飯も少し。それに熊本で買って来た馬刺しも冷蔵庫から出して、薄く切って食べてみた。
 いつも事ながら、僕は普通。。。特に美味しいとも思わないが、雄一は少しだけど美味しそうに食べていた。
 
 胃腸がこんな状態の時にこんな食事は余り良くは無いだろうけど、食べれる範囲で良くかんで食べてくれたらいい。
 薬が少し効いたのか、今夜はストーマの色も少し良く成った。10時過ぎには少しプリンも食べたが、しばらくしてまだ吐き出した。食道も十二指腸も胃カメラでは流れている。胃の動きが良く無いのが影響しているようだ。ゆっくりゆっくり戻して行って欲しい。

2013年1月17日木曜日

止まらない出血。。。そして輸血


 昨日は熊本へ。
朝6時22分に津新町を出て、名古屋。7時54分発の、のぞみで博多まで。これで11時すぎには博多に着く。めちゃくちゃ速い。
すぐ隣のホームで九州新幹線に乗り換えて熊本まで。そこから目的駅の宇土駅までJRで。乗り継ぎもスムーズで12時15分には着いた。

 予約は2時半なので、まず食事。とは言ってもここは田舎町。駅の高架橋から辺りを見渡してもコンビニと中華のラーメン屋さんぐらいしか見当たらない。そこでラーメンランチを食べて休憩してからタクシーで病院まで向かった。

 その病院は宇土駅から15分ぐらい走った所にある。小じんまりとはしているが、おしゃれな外見、院内もきれいいな病院だ。
ここは東洋医学をメインとした治療で、ガン治療についても化学療法を使わない治療を行っている。保険が効く場合も有るだろうが、ガンの治療についてはほとんど適用されない。
ビタミンC療法やビワを使った温感治療。食事療法。それに京都の岡崎先生のベンズアルデヒド療法も行っている。
 ここへ来たのはその水薬を処方してもらう為だ。

 1時15分には受付を済ませたので、診察までの間、待合室に並んでいる本を少し読んでいた。
殆どは化学療法とは対極する代替え治療の本だ。いずれの本も抗がん剤は猛毒で副作用がきつい。ガン細胞を殺しても大事な正常細胞も区別が出来ないので殺してしまう。
 ガン患者の多くはガンでは無くその副作用で亡くなっていると。それは充分に理解は出来る。でも問題はそれ以外に何が有る?

 2時頃には予定より早めに先生との問診が始まった。言われる事は
「抗がん剤は止めなさい。食事や体を温める温感治療やビタミンC、フコイダン、そしてベンズアルデヒドなどを勧める。今までの治療結果など、資料を見せながら説明する。確かにそれらは悪くは無いハズ。ガンが治ったという成果も有るしウソでは無いと思う。
 ここにも真実は有る。ただそれらの治療はお金儲けの為の悪徳業者や信用できない医療機関が他に沢山有るのも事実だ。
 
 今回は岡崎先生と同じベンズアルデヒドの水薬とこの先生が進めるタングステン酸の水薬を貰って来た。少しずつ量を増やしながら飲んで行く。苦い薬らしい。雄一はガマンして飲んでくれるかな?TS-1を飲む事を思えばずっと楽だろうと思うけどね。
 実際、家に帰って僕も飲んでみた。美味しいとは言わない。でもガマン出来るレベルだろう。

 予想より診察は早く終わり、タクシーを呼んで駅まで戻り、熊本駅で新幹線の指定席を買った。お土産は博多の明太子は外せない。博多駅での乗り換えに時間を空けて予約を取る。熊本駅のお土産屋さんを覗いていると、馬刺しが目に入った。
 雄一が一度食べてみたいと言っていた。パックはしてあるが生だし賞味は3日間だと言う。これを一つ。
ウッドの車内。博多から乗客は僕と3人だけ。。

 ところで九州新幹線の車両はウッドの椅子を基調としていて、何だかさわやかで気持ちが良かった。
 そして博多駅では明太子と博多のひよこ。お土産はこれだけ。遊びではないから贅沢は無し。

 9時前には名古屋に着き、10時前には津駅に着いた。
迎えに来てくれたフィットにはモモが乗っている!あの30キロを超える大きな体で狭い車の中で思いっきりじゃれてくる。この可愛さは辛さなんて飛ばしてくれるね!

 雄一は夜にそうめんつゆをしてもらって少し食べただけ。相変わらず頭痛、吐き気、胃の出血も少し有るようだ。

 そして今日は三重中央での診療。8時半にCTの予約。何とか雄一も起きて来て用意をする。頭痛、吐き気は相変わらず。
待たされたCTの後、血液検査。そして外来で待っていると、呼ばれて胃カメラの検査もする事になった。造影剤も入れているし相当気分は悪い。さらに胃カメラと来て、雄一は
「いじめや。。。」と言っている。辛そうに麻酔液も口に含んだ。
 普段は入れないカメラ室の隣で待っていたが、何度も嗚咽する声が聞こえる。実際、何度も吐きだしたようだ。その声はたまらなかった。
 
 辛いその検査の結果は、、、やはりいい事は無い。血液検査ではヘモグロビンが輸血限界を切ってしまっている。カメラでも胃の出血が収まっていないの見えているし、それも影響しているだろう。白血球は問題ないが、すぐに輸血する事になった。1日ではやり切れないので、明日もまた来てもう一度行う。本当は明らかに入院なんだけど、先生も絶対にそれはイヤだと知っているから、それは言わなかった。

 幸いではないけれど、抗がん治療は暫くストップとなる。まず体調を戻すのが先だ。頭痛もCTでは異常ない。色んな要素が有るから輸血して体調を戻してからだ。
 輸血液が来たのが12時過ぎ。そこから色々検査をして始まったのが1時半を過ぎた。そこから23時間。出来る事なら輸血なんて、と思うが低すぎる検査値だから仕方無い。
 
 輸血前にお腹が空いたと言って、ダダをこねる。すると看護師さんが、「先生に聞いて来て上げるわ。」と言って、「腸検査の前に食べるレトルトの食材が院内のローソンに有るから、それならいい。」と言ってくれる。
大腸検査前の食事セット
早速それを買って来たが、これは容器に移してチンしないと食べれそうもない。。。
すると看護師さんが、ラップして自分達の休憩所でチンしてくれた。
今日の検査でも、診療でも輸血でも、主治医の先生も、ここの人達は本当に良くしてくれる。待ち時間は長いし抗がん剤は出来る事ならやりたく無いが、ここにも真実が有る。
 今日は検査の結果も辛かったけれど、そのお蔭で少し救われた気がした。
そして輸血が終わったのは4時前だった。
少し楽に成ったようだが、足元はまだふらついている。。。

 家に帰ってしばらくしてから、プリンと少しのジュース。そしてしばらく眠る。体も頭も疲れているだろう。でも便の色は相変わらず黒い。まだまだ出血は止まっていない。
 
 10時過ぎに「頭が痛い…」と言いながら降りて来て、うどんを少し食べた。まだ便は真っ黒だし本当は食べない方がいいけどね。。。
明日は少しでも良く成っていて欲しい。
 

2013年1月15日火曜日

ひどく成る頭痛、吐き気。。。

 今日も寒い朝。今週辺りが一番寒いだろうか。
ずっと雄一の部屋はエアコンをかけているが、部屋を出ると廊下もトイレも温度が下がる。
風邪をひかない様に気を配ってはいるが、治療などで外出する時でも余り厚着をしないので、心配に成る。もっと暖かくしろ、と言っても聞かない。

 頭痛、吐き気、だるさが日々強く成っている。。。
昨夜も吐いて、今朝も食事前に吐いて、胃の中は空っぽ。空腹だけど気持ち悪くて食べれない。
今日は彩都での温熱治療の予約を入れて有ったが、とてもこれでは大阪までは無理。キャンセルした。
 今週木曜は三重中央での検査、診療だけど、これも心配に成って来た。検査は行っても、診察や点滴まで、長い時間、とても待つ体力が有るかどうか。。。だ。

 幸い熱は無い。頭痛、吐き気、悪心が続くだけ。
薬は定番のロキソニン、それにだ薬、それ以外の頭痛薬ももらって来ている。最初の頃はだ薬は絶対にイヤだ!と拒んでいたが、とうとう諦めたようだ。
同じ薬を短い間隔では飲めないし、胃にも負担がかかる。だ薬なら重複だけ避ければいい。昨日からだ薬も自分で使っている。

 それに食べれないから、フルカリックの栄養剤も夜の12時間、点滴で流している。これも脂肪肝に成りたくないから、と執拗に拒んでいたが、諦めた。
フルカリックを拒んで、無理やり胃にウイダーなどのカロリー捕球食品を詰め込んでいた。今の状態では食べても吸収出来ないのに。。余計それも胃に負担に成った。
 最初から人の話を聞いていれば、こんなに苦しむ事も無いだろうに!!と僕も母親も思っている。
でも、自分が言い出した事だから、さすがにもう文句は少なくなった。

 取りあえずはフルカリックが有るから食べれなくても栄養は大丈夫。頭痛や吐き気はひどくは成っているが、体力を何とか落とさずに胃や腸の調子が戻って、早く食べれる様になるのを期待するしかない。

 冷蔵庫の中は食べたいと言った物は殆ど揃えて有る。でも今は母親が少しずづ作っても食べれないので、雄一が食べれない残り物を母親と2人で食べるが、残る一方。。。中身は一杯に成って来た。

 あのゲーム好きで夜中まで、没頭していた雄一が、テレビも着けずに昨日から寝込んでいるんだからかなり辛いと思う。体力のない人だったら持つだろうか?
熱はないけれど、氷まくらもして顔をしかめながら寝ている。
 今は胃袋をゆっくり休ませよう。そして早く元気に成ろう。

 明日は希望につなげたい、熊本の医院へ行って来ます。明日も寒く成りそうだ。

2013年1月13日日曜日

日曜の緊急外来

 今日は松阪での試合の後、携帯に着信が入っている。
ちょっと気に成る自宅からだった。こんな時間にかかるのはまずいい事が無い。

 電話すると。。。やっぱり頭痛がひどくて我慢しているとまたストーマの便の色はすぐに黒く成って来る。昼ごろにはとうとう我慢できなくなって、母親に頼んで日曜だけども三重中央の緊急外来へ。
たまたま主治医の先生が当直でおられて運よく診てくれたそうだ。

 去年の10月の出血した時と同じように、止血の点滴をしてもらう。頭痛が引かないので、頭のCTも撮ってもらった。
さすがに今回は自分で観念したようだ。先生にも言われてフルカリックの栄養剤は3日間だけ入れると言う。
 もっと早く人の話を聞いとけば、体力も落ちないだろうし無理に食べなければこんな事にもならないのに!。。。と言いたいが、本人が決めた事。仕方無し。

 心配ながら家に帰るとベットで白い顔をして寝ていた。頭痛で余り眠れないだろうし疲れもかなりあると思う。血圧や体温は異常ない。頭のCTも問題ないようだ。が直接聞いていないから良くは解らない。
 それでも夕食の時には眠たそうな顔をしながら食卓に座り、しばらくゆっくりしながらうどんを少し食べる。食べたいだろうけどさすがに今は無理はしない。
 
 最近は疲れや頭痛も有ってゲームも殆どしない。今までは母親も僕も気を使って用が無い時は余り干渉しない様にしていたが、一人で自分の部屋で頭痛に耐えながらベットにいるのも寂しいだろう。今日も下に降りて来ると良くしゃべる。病気の事も遠慮なくお互いにしゃべっている。
名古屋の免疫治療の1回の値段を聞いたら、這ってでも行かなあかんな!と言っていた。
 来週、熊本へ行くんだったら、飛行機の値段が、ここが安いよ、とかIpadで調べてくれる。
時間の有る時は出来るだけ、かまってやれるようにしてやろう。

 ゼリーやウイダーなどのエネルギー食品など。また今日はキャベツとリンゴとレモンの生ジュースも作って飲んだ。10時頃にはおにぎり食べたいけど、止めた方がええなあ。。と言いながらバナナやプリンを食べる。空腹に成って胃酸が出て来ると吐き気にもつながって来るようで、出来るだけ軽く入れておきたい、という気持ちも有るようだ。
 12時過ぎには僕が疲れた時に良く飲む、ホットミルクとレモンとハチミツを少し飲んで寝る、とリクエストが来た。それぐらいなら良いかな。

 この調子だと火曜の彩都の温熱治療へ行くのもちょっと難しい。今は無理をしないでおこう。体を休めるのが一番だ。

2013年1月11日金曜日

ガンの特効薬は。。。!!

 今日は吐き気も少し良く成った様だ。食べる量が影響している事も有るので、一度の量を少なく、回数を増やす、と言うやり方で、今のところ今日は吐いてはいない。
昼前には津の大門に有るちょっと有名なお店の天むすが食べたい、とねだり母親が走った。
何でも天むすの発祥のお店とかで(ホンマかな?)、一つ食べたけど、確かに美味しいのか。。。
 雄一はとても喜んで食べているが、食に欲の無い僕には、それ程には。。。と思ってしまう。

 夕食も少しずつ時間をかけて。便の色も少し良く成って来た。
今日はキャベツとみかんの生ジュースも飲んでいる。ウイダーエネルギーなども間に少しずつ流し込んでいるようだ。慌てずに体調を戻して欲しい。
 来週は抗がん剤の点滴の予定だし、少しでも体力も免疫も戻したい。
 
 朝方から頭痛は相変わらず、出ている様で母親に
「ロキソニンおくれ!」と頼むが、
「もう、無い!」 主治医も昨日に相談に行った時は効かなかったら余り飲まない方がいい、と追加ではもらっていない。
 今はガマンしてでも胃に負担をかけない方がいい。

 夕食時には、しばらく寝ていてし少し楽に成った様で、冷え枕だけ欲しいと頼んでいた。
それでもロキソニンなどの頭痛薬は薬局で買えるので、少しだけ買って来ている。あまり使わない様にして。

 ガン治療の事で色々調べていると、京都の岡崎博士の本に行き着いた。この先生はもう75歳を超えてご自分の医院での治療や経験から
「ガンの特効薬は発見済だ!」という本を2011年に出している。
 僕もこの情報にたどり着いて、すぐにその京都の岡崎医院に電話を入れた。やはり予想通り予約は殺到していて早くて半年以上先になるらしい。
その応対をしてくれた看護師さんが、岡崎先生に勉強して同じ処方をする熊本の医院を紹介してくれる。すぐに電話をするとそこなら来週なら空が有ると言う。
 すぐに予約をお願いした。

 岡崎先生のところは保険適用らしく通常の薬代ぐらいで何万円もしない。熊本の病院は自由診療なので、そうはいかないが、それでも免疫療法なんかと比べたらずっと安いようだ。
内容については、今日は省略するけれど、そんな訳で来週水曜は熊本に行って来ます。
始発と終電ぐらいの時間を見とけば、新幹線なら何とか帰って来れそうだ。

 その岡崎先生の本もネットで今日届いた。その本には何の飾り気もPRも無くて、30分ぐらいで読み切ってしまう。何より失礼だが75歳を超えた老先生が私利私欲の為に書いているとは思えない。
ネットには情報は山の様に有ってどれが、真実か、何を信用すればいいのか解らなくなるが、少なくとも岡崎先生が何十年と治療して来た事や、その実績は事実のようだ。
 その岡崎医院も東京に有る同じ処方をする医院も半年以上の予約待ちで、いかにガン難民が多いか、今の保険適用のガン治療が効かないか、と言う事だろう。
 でも半年も待てないし、待っている間に普通なら殆どの人は抗がん剤でやられてしまうだろう。

 実際問題、抗がん剤はとても高額。免疫剤も高額。病院や薬剤メーカーはそれで充分すぎる程に潤う。とても高額で沢山の研究費をつぎ込んでいるのに、そんなに簡単に特効薬が出来たら困る人が沢山いるのも事実。
 丸山ワクチンも全く同じ成分の免疫剤(アンサー20)が認可されているが、ガンに対してはこれからも認可される見込みは無いと思う。色んな見方の偉い人達がいるが、そんなメーカーや研究者や有名大学の権力側の人達にとっては認可されるのは有り難く無い話だ。

 グチはおいといて、その本の話をして、来週熊本に行くことを雄一に話すと
「九州は何?ラーメンか、博多明太も、何か買って来て」
 全く、意識は相変わらず。。。。もうちょっと自分の事なんだから真剣に考えろ!

2013年1月10日木曜日

死んでも直らん!お金は湧いてこん!

 昨日の名古屋への診療も大変だった。
朝から起きても食べれない。頭が痛いと言うばかり。
用事を済ませて朝9時前に帰って来たら、また頭痛薬のロキソニンを飲んで、寝てしまった。
 医療の仕事をしていて、何で薬にばかり頼る?それに何度も飲んでも効かないんだから、他に原因が有る事ぐらい、バカでも解りそうなもの。その頭痛薬は胃を荒らす副作用も有る。
 余計に悪循環だと言う事が、自分も解っているハズなのに何で、繰り返す?

 言う事を聞かない。これは死んでも直らない。
病院に遅れる電話を入れたが、本当に行けるだろうか?もし行けなかったら、ん十万の治療費がパーに成る。そんな事は仕方が無いんだけど、自分でちゃんとしたら辛いだろうけど、出来ると思うんだけどね、男なんだから。

 結局ミン剤を飲んで、寝ながら名古屋へ向かったのは2時を回っていた。幸いいつもの渋滞は無く、3時半には病院に入って、培養液を点滴する事が出来た。
幸い、と言っては何だけど、雄一はリザーバーの点滴ポートを着けているので、注射をしなくてもそのポートを使えば点滴が出来る。と、言う事は自宅でも出来ると言う事だ。そんな話を先生としていて、またとても気さくな先生なので、やり方も大体教えてくれた。
 次回は、また来るのが大変だったら、その方法も考えておこう。

 帰りにはミン剤が効いて来たのだろう、ぐっすり寝込んでいて、車から降ろして家に入れるのが大変だった。

 その夜もご飯は少し食べたが、またすぐに吐き出す。しばらくして少しまた食べる。
今朝も同じだった。TS-1の副作用かもしれない。頭痛も。それらを抑える為に、また薬を飲む。こんな事をしていたら、弱った胃袋はとても持たない。
 
 今朝もそんな事が続き、用事をすませてから三重中央へ先生に相談に行った。
長い間待たされたが、本人不在でもいつもの様に先生は相談にのってくれた。
吐き気も頭痛もTS-1の副作用かもしれない。食べても消化されていないし体力も落ちているだろうから、と栄養剤の点滴を出してくれた。本人は嫌がるだろうけど。頭痛の原因は他に有るかもしれないからCTも来週は撮る事にした。

 お昼過ぎにやっと家に帰って、栄養剤の話をすると、案の上嫌がる。
今、筋力も落ちて歩く元気も無く成って来ているのに、食べれない状態でどうやって栄養を取る?
今の内に胃を休めて栄養を取って体力を戻すのが一番なのに、何で理解しない?
 いくら言っても嫌がるし、食べるから!と言うし、もう説得するのは諦める事にした。

 幸いTS-1は今日までで、この後一週間は空く。しばらくは楽には成るだろう。本人の好きな様にさせれば納得出来るだろう。
 本当に、この性格は死んでも直らんな。。。と思いながら、午後から五条へ出かけた。
去年一年の祈願のお札12枚を返しに。今度14日に焼くらしいので、今日か明日しか持って行ける日は無かった。
 五条近くに成ると、携帯が鳴る。
見ると雄一から
「イチゴ買って来て。」 好き勝手ばかり言う。まあ仕方無い。
今度は帰る途中に
「ウイダーのドリンクが有るらしい。デポかどこかで買って来て。」
昨日もモスバーガーを買いに行ったが、
「今日もモスバーガー食べたい。」

「そんなとこは寄らん。お金は湧いてこん!!」

 本当にいい加減にしないとね。

2013年1月8日火曜日

また出血。。。最初から人の話を聞け!

 先週にTS-1を飲み始めてからかもしれないが、頭痛やだるさが中々引いていかない様だ。
気持ちも、いらだっている様で、何でも文句を言う。
まあ、今に始まった事ではない。辛いのは本人だから仕方無い。出来るだけかなえて上げるだけ。

 昨日から頭痛薬を飲んだせいかも解らないが、また便が黒く成って来る。
去年の10月にも、同じように出血して便が黒く、赤くなり、良く成るまでしばらくかかった。
本当は病院に行けば、すぐに入院なのだろうけど、本人は絶対に行きたくない。食べたい物も食べれない療養は前回で懲りているので、昨夜の夕食はもう食べない、と言っていた。ゼリーや栄養食だけ。。。

 けれど、夕食の時間には下に降りてくる。
「やっぱり食べる。。。」
 雄一が食べないと思っていたから、僕達だけなので、簡単な食事だし、雄一が食べれそうな物は何も用意していない。

 いつもの様に色々リクエストが来る。
おかゆ、みそ汁、デミクラのハンバーグ・・・・。それにキャベツ、キュウイ、リンゴの生ジュース・・・。
無い物は買いに走って用意した。用意している間にスパゲティーも少し食べる。
 便の色は良くは成って来てはいるが、今無理してはダメ。出来るだけ良くかんで量も抑えて欲しいが、大体食べてしまった。

 ジューサーミキサーを買ってから、何度か果実ジュースは作っているが、そんなには飲んでいない。まさか絶対に普段は食べないキャベツのリクエストが有るとは思わなかった。
「抗がん作用も有るし、止血効果も有るから」と言う。
 
 そんな事は1年前から言ってるんだけどね。野菜ジュースなんて、本当に最近、やっと口にするぐらい。それでも「まずい」と言いながら途中で投げ出す。。、
でもさすがに昨夜は全部飲んだ。僕も少し飲んだけど、こんな美味しい物は毎日でも飲むね。最初から素直に話を聞けば、こんな事には成らない。病気に成る確率も下がるハズだ。

 そして夜にはタマゴサンドが欲しい。出来るだけ胃を空にしない方が良いからと。。。。まあ大変だけど仕方無し。自分成りに色々調べてはいる様だけど、嫌いな物は全部さけて通っているから、食事のメニューは本当に大変。
 もういい加減にそんな勝手を言える時期はとっくに過ぎていると思うけど、本人のしたい様に今はやらせて上げるだけ。

 今朝は病院に行って止血剤や頭痛薬など、先生もおられたので薬だけもらって来た。
今晩も文句を言いながらも食べた。頭痛は薬の成分を腸で充分吸収出来ないので、余り効き目も期待出来ないが、これだけ文句は言えるから元気だろう。
 
 今週は大阪の温熱もキャンセルした。明日は名古屋の病院の予定だが、行けるだろうか?
ちょっと心配。

2013年1月5日土曜日

何でも福袋!

 今日は高校からの友達がお見舞いに来てくれたようだ。おととしの年末は友達の結婚式が合って行きたい、と言っていたが、入院していたし、それは叶わない。余り友達にも病気の事はあえて連絡はしていない。
 それでも大学や高校の友達がたまに訪ねてくれる。本当に有り難い事だ。

 夕方、練習から帰ると、今日は頭が痛いと言って額に冷えぴたを貼っていた。熱は無いようだし大丈夫と思うが、昨日は寒い中で病院に行っているし、今までに無かった事なので、ちょっと心配。今夜も夕食の後はベットでフトンをかぶって休んでいた。

 その夕食。ちょっと元気は無いが、今日も良く食べてくれた。メニューは先日に頼んだ大阪王将の福袋。沢山のメニューが入っていて5000円。これを高いとみるか、安いとみるかそれは別問題。
雄一が「欲しいなあ・・」と言っていたので、ネットで探して注文した。
 本当に便利な世の中で、注文して近くのコンビニで料金を払えば自宅に送ってもらえる。3日にローソンで払ったら今日午前中にもう着いていた。メールでの連絡も事前に有る。
ジューサーミキサー

 お昼は早速その中に有る焼き飯。チンするだけの焼き飯だけど、これが結構美味いらしい。
夕食はその王将の水餃子とから揚げ。これも美味しい。それに薄味で作ったすき焼き風鍋。昨日の残りのジャガイモで作ったサラダも食べてくれた。

 買って来たジューサーミキサーでイチゴジュースとみかんジュースも。このジューサーミキサーも中々の優れもの。100%ジュースだけが一方から出て来て、皮やくずは別の出口から出て来る。
アイスも出来る様だ。掃除は面倒だけどこれから色々試してみたい。

 それにしても王将の福袋とはね!色々見ていると、衣料品だけでなく、何でも福袋が有るね。それも今はネットで簡単に買える。王将の福袋にしても中身からすればかなりのお得な内容だった。
 何でも福袋!だけど医療やガンに良く効く福袋は無いのか。。。

 そしてお正月に長島のジャズドリームのアウトレットで買えなかった福袋。ブラッドベリーとグローバルワークスの福袋をヤフーのオークションで見つけて、ちょっと高くはなったが落札した。これが落札するのに結構ヒマも忍耐もいる。無茶な値段は買うつもりは無いけどね。欲しいと言う物は買ってやりたい。僕には興味は無いけれど、ブランド品の福袋は沢山の人がオークションに流しているようだ。
 
 今日は早速そのグローバルワークスの福袋が届いて、予想していたより沢山着れる服が入っていて喜んでいた。
 今は辛い時期かもしれない。去年もこの先はどうなるかと不安だらけだった。
いつも前を見て皆で進んで行きたい。

2013年1月4日金曜日

決め手の無い抗がん治療

 2013年おめでとうございます。
2011年の9月から闘病は続いているけれど、ここまで本当に良く頑張ってくれている。
ハワイから帰ってからの年末の抗がん剤の治療から、白血球が下がったり副作用などで、一時は食べる量もかなり限られて辛かったようだけど、ノイトロジンも2回打って、お正月には少し食欲も戻って来ている。
 田舎から持って来てもらったイチゴはミルクも無しにとても美味しがって食べた。焼肉はいつもはホットプレートだけど、ガスコンロと焼肉用のプレートを使って焼くと美味しそうに食べる。

 今日は小雪も舞うとても寒い一日。午前中の練習を終えて家に戻り、雄一はちょっとしんどそうだけど食事をして、三重中央へ3時頃に出かけた。
 お正月に少し血尿が有ったから、と言うので、今日は血液検査だけの予定だが、尿検査も電話して入れてもらった。

 検査の結果は尿検査では問題無し。白血球値は通常レベルに回復して来た。それでも今日の検査では腫瘍マーカーはまた上がって来ている。
タキソテール、免疫治療、TS-1・・・、本当に決め手が無い。
 一度は効果の有った治療も耐性が出来て来て効かなくなる。
この進んだ化学、医学の中で、患者の負担の少ない治療法は本当に無いのか?何故無いのか?

 本人も数字を見ているし、僕よりもはるかに詳しいんだから誰よりも辛いだろうね。。。
今日は検査の後、リザーバーの針を交換してもらった。
前々回は3週間程、交換しなかったので、皮膚が針の廻りを覆って来て、外す時はとても痛がった。
 それ以来、2週間以内には交換する様にしているが、今日は家で抜いて、点滴を外して病院へ行った。今日も針を抜くのはとても痛がったけどね。
 
 ペンセルテープと言うのが有って、これを貼ると皮膚の廻りに麻酔が効いて注射などの痛みを和らげると言う物だ。今日も針を抜いた後、それを貼って病院へ行った。待たされている間に麻酔が効いて来て丁度いい。が、それでもリザーバーに刺す時はやっぱり痛がる。
 可哀相だけど仕方が無い。
治療は今日から一週間TS-1再開。そして来週は名古屋での免疫治療。その翌週は三重中央での抗がん治療の予定だ。

 帰って来たらもう5時。
「ご飯、何しよう・・・」 何とか食べさせてやりたいから母親も悩む。
それでも、今日はシチューや、食べたいと言っていたジャガイモのバター蒸しやなすび、明太、焼きギョーザと小龍包も。。。
 食事前まで、疲れたのだろう、ベットで寝ていたが、今夜はご飯も一杯。おかずも大体文句も言わず食べてくれた。
 
 最近は火を止めても、そのナベに入れとけば調理が出来る優れもののナベも有る。ジューサーや小さな鍋や、小龍包などの蒸すセイロも今必要な物は探し回って買って来た。
メニューは大変だし、作っても食べれない時も多い。
 少しでも小出しでも食べれる様にして行きたい。