2018年12月23日日曜日

親父の一周忌

 今日は親父の一周忌で五条の田舎へ。
同伴するのは大人しく車の中で待つことの出来るモモだけ連れて行く。マーキュリーも待てるけども人が来ると吠える。ユウはまだ長時間の待ての経験が無い。そろそろ試してみても良いとは思うが。

 そんな朝、5時前に一旦ユウに起こされたが、もう少し寝ようと気が着いたら6時を回っていた。すぐに起きてユウとマーキュリーのお散歩。トイレも済ませて次はモモとジュピター。朝ご飯も上げたらもう7時半だった。そこから人間の朝食を済ませて慌てて用意をしてモモを車に乗せる。。もうユウもマーキュリーもジュピターも、なんで!!ワタシも連れてけ!!とばかり凄い騒ぎだった。ご近所の皆さんには申し訳ない。

 8時過ぎに家を出て、伊勢道も名阪も飛ばしたよ。京奈和道路が一旦切れて、一旦国道に降りる橿原市内も9時過ぎだったが今日は空いていた。1時間45分少々で実家に着いた。
もうお寺さんも来られていて10時過ぎから法要が始まる。

 田舎のお寺さんのお経は本当に聞き取り難い。何言ってるのか解らない。大体のお経は聞いているし知ってはいるんだけどね。解るのは般若心経と少々ぐらいだ。僕達がお世話に成っているお寺さんは田舎のお寺さんの高野山大学での後輩に当たる人なんだけど、とっても解りやすいお経を唱えてくれる。経本を見ながら一緒に唱えられるぐらいに。
実家の上の急な畑の紅梅がもう咲いている。温暖なんだね。。

 法要が終わってお墓参りも済ませて、来て頂いた皆さんとの会食。この時世だからアルコールは飲めないけどね。沢山の昔話に花を咲かせていた。田舎にいる親戚の人達はもう60歳を超えた高齢の人ばかり。全くと言っていいぐらい回りには子供がいない。僕達もそうだが皆、田舎を離れて生活をし後を継ぐ人達がいない。悲しい事だけど今の時代、仕方のない事だ。
小さい頃から良く泳いだ河原

 皆さんとの会食を終えてやっとモモとお散歩。家の前には廃線になったJRバス路線の道路が有るがそこは車も通らない、誰も手入れもしない廃線道路。河原へ降りて暫く遊んでその廃線道路を歩く。木々が茂り蔦も下がり趣が有ると言えば有る。昔、この道路は戦争中か、その前から五条と新宮を結ぶ五新鉄道の計画が有って五条から工事が進められていたが戦争で中止に成り、その後を当時の国鉄がバス路線として整備した。確か僕らが小学校に通っている頃に国鉄バスが運行を始めたと記憶している。

 高校に通う頃には6時代から8時代までのバスはいつも満員だった。多い時は2台並んで運行されていた時も有った様に思う。そして月日は経ち、その頃の学生達は殆ど田舎を出て行った。バスが運行していたのは20年も有ったのかな、と思う。もう廃線に成って本当に久しい。

 甥の小さな娘達も田舎のワンコを連れて一緒にお散歩していた。甥の子供、娘達は僕から見てなんと呼ぶんだろうね。調べてみると、姪孫(そってん)又は又姪(まためい)と言うらしいね。初めて聞いた。

 何か、この風景を・・田舎を残す、活用する方法は無いのかなあ。

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