2017年8月20日日曜日

母親の一周忌。

 今日は母親の一周忌。
チームと離れて田舎の五条へ帰る。有希子もひなたも一緒に来てくれた。アウトランダーは2人乗り+ワンコ用の専用車に成ったので2人以上は乗れないからフィットで行ったよ。フィットはやはり乗り心地がもう一つ。何だか疲れるけど仕方無いね。

 京奈和自動車道の御所から五条間が19日には開通すると兄貴から聞いていた。それで今日はまずはその道路を通ってみよう。
名阪から西名阪を少し走り京奈和道路へ。途中の橿原市内は一旦下に降りなければいけない。この橿原市内の道路はまずこれからも出来ないだろうな。準備している様子もない。これが繋がれば本当に便利なんだけど。

 その京奈和道路の御所から新しい道。長いトンネルも有り抜けるとすぐに五条の北インター付近に繋がる。一車線だから流れに乗るしか無いけれど便利にはなった。時間はまだ8時半前。いつもの五条のお寺に立ち寄ってお参り。久し振りにおみくじを引いたら吉だったよ。


 そのお寺ではるか先に練習している声が聞こえる。多分智辨の野球部だろう。ここからかなり距離は有るけどね。お寺からそのグランドの方に向かって行く。今日は練習試合の様だね。他のチームも試合前のアップをしていた。もうこれから秋の大会へ向けての準備。春の甲子園に繋がる大事な時期。また活躍を期待しよう。

 母親の一周忌は10時頃から始まった。いつものふげんさんのお坊さん。雄一の時から世話に成っている亀山の不動院のお坊さんを紹介してくれたのがこのお寺さんだ。高野山大学では不動院さんの先輩に当たる人。お経はと言えば不動院さんのお経はとっても解りやすいお経。なぞって唱える事も出来るが、ふげんさんのはさわりだけで後は解らない。一緒に唱えられないお経。どちらが良いかとは言えないが解りやすい方がいい。

 そんな一時間ぐらいのお努めが終わって、説法をする。
奇跡について。これは何度か聞いた事が有る。以前の法要の時か、それとも不動院さんの説法だったかもしれない。
 要は今ここに生きている僕達。それには沢山のご先祖さん達の繋がりで今が有る。弘法大師からの年代7~8世紀の時代から数えるとそのご先祖だけで一億人ぐらいに成るらしい。だから今が有るのはそれすら奇跡なんだと。だからご先祖さまを大事にしてしっかり生きなさい、と言う事かな。何度か聞く話でも、生活に追われていると大事な事を見失う事も良く有る。同じことでも思い起こし見つめなおす事も大事だと感じる。

 お墓参りの後は近くの料理旅館で食事。僕達が子供の頃から有る旅館。こんな田舎でそれだけ続く事も素晴らしいな、と思う。地元の人は泊まらないだろうし使用するのはこんな時ぐらいだろう。子供の頃はお菓子なども売ってる何でも屋さんも隣に有ってここのお婆ちゃんが良く可愛がってくれた。買い物に行くと「これも持って行き!」と良くお菓子をくれた。子供達も悪ガキも沢山いて野山や川を駆け回っていた。古き良き時代。

 そんな田舎も本当に人がいなくなって来た。60代以上の人しか住んでいないような、それも一人暮らしのお宅も多いように思う。去年来た時に柿取りをしていた急な坂の柿の畑は、今日お墓参りに行くとそこは柿の木が切られ畑は雑草が覆いつくしている。聞くとあれから親父さんが亡くなったそうだね。今は僕よりも高齢な奥さんが一人。もう出来ないからと切ったらしい。これからそんなお家も増えてくるだろう。寂しく成る。

 その旅館の懐石料理。美味しかったね。記憶の中では食べた事は殆ど無い松茸も。昔小さい頃に悪ガキらと松茸取りに行った事もある。今考えるとあんな山の中にガキ達だけ。今じゃ考えられないね。初めての山でも何の不安も無かった。どうすれば帰れると言う事は解っていたからね。あんな経験が今でも抜群だと自負する地理カンに繋がっていると思う。

 帰りの運転が気に成ったが有希子なら安心して乗れるから、帰りは運転を頼んで、お付き合いだし沢山アルコールも飲んだよ。今度みんなが集まるのはいつだろう。来年の三回忌に成るのかな。
 雄一の七回忌は2019年の2月。後2年後だ。。みんな元気でまた会える様に。

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