2019年9月18日水曜日

久し振りにお墓へ。

 この週末はもう彼岸の入りだね。
9月に成っても暑い日、または雨が続きお墓にも暫く行けていなかった。昨日にやっとヨメがお花を変えてくれている。今朝はいつもの様に早朝にお墓へ。今日は明日から横浜のChieママの入院する病院へ行くので、車の修理や用意が沢山有る。それで3日間の休みを取った。

 お墓へ行く途中にはコンビニが有ったので、今日は少し時間も有るし、スタバのコーヒーでも買って行こうと思ったら、そのコンビニはもう無かった。本当に変化が起きるのは早いなあ。。

 お墓でChieママの事も話す。今回は胃ろうを着ける手術をする予定。沢山の難病を抱える彼女なのですんなり出来るとも思えない。。でも元気に成って欲しい。

 家に帰ってからは野球の大会の資料や手続きを再確認して全部済ませた。取りあえず、19,20日は大丈夫だ。それからアウトランダーのユウ達の乗るスペースを広げる作業。右後ろに冷蔵庫を積んでいるが、この所はスイッチを入れても冷えていなかった。それで一旦冷蔵庫を降ろす。電源を繋いで稼働させて暫く様子を見る。もし使えるならまた乗せるが、使えなかったら積まずにユウ達のスペースを広げる予定だった。

 暫く稼働させていると良く冷えているんだよね。。それで可能な限り冷蔵庫を後ろ一杯まで移動させユウ達のスペースを広げるレイアウトに改造する。冷蔵庫のレイアウトをずらすのも大変だったが、それに合わせてスペースを広げる改造もまた大変だった。

 でも暗く成るまでかかって一応出来たよ。ちゃんと冷蔵庫も車の電源で冷えている。これで明日はユウ達のフードやお肉の缶詰も冷蔵庫に入れて持って行く事が出来る。ああ、それにしても大変だった。それ以外の事は何も出来なかった。準備は明日の朝にしよう。本当に疲れた。

2019年9月9日月曜日

まだまだ頑張れ・・。

 先月に胃カメラを近くの病院で診てもらって、年のせいも有ると思うけども疲れやすいので、血液検査もとお願いしていた。8月末にその結果を聞きに行って、先生は「特に問題は無いようですね。インスリンも血糖値も問題有りません」と。血圧も125~85と全く問題無し。

 そう言われるので、気にせず帰って来たが、空腹時での疲れている時の血糖値も計っておけばと言われていたので、先日の仕事の帰りに寄ってみた。
 耳たぶにプチっと刺されてすぐに血糖値が解る。その日はフラフラに成る程も疲れてはいなかったが、血糖値は88。全く問題ない。腎臓の数値の目安GFR値が59.2でマイナスが出ていたので、それも聞いて見たが、基準は60以上で問題無し、と言う。じゃあ、これまでの検査では何も問題無し、まだまだ頑張れ!と言う事だ。

 老化現象・・筋力が疲れやすいのは老化かも知れないけど、それ以外の要素も有るだろうな、と自分では思う。監督を降りて、少し運動量が減っているのも有るかも知れない。筋肉を刺激する練習はやっぱり必要かな、と思う。

 そして7日の土曜。Bチームの監督が都合で不在だったので、半日練習を見させてもらった。久し振りにノックもした。そして何より声も出した。キャッチボールもした。大声を出すのは身体にとてもいい。暑い一日だったけど身体は疲れが有っても喜んでいるように感じる。仕事では適当にやっているが、仕事の大汗と野球の汗とは身体には大分違う。これからも練習などで身体も動かして行こう。

 そんな7日の午後からの練習の合間。12年前のキャプテンの赤ちゃんが来てくれたよ。2007年のキャプテンだった佑一郎。その赤ちゃんだよ。ふてくされて寝ている表情がそっくりだよ。嬉しいなあ~。そうやって来てくれる心のつながり。本当に嬉しいなあ。

2019年9月3日火曜日

マーキュリーのダイエット

 6月頃、マーキュリーの体重は31キロ前後。去年の夏は少しフードが少なかったのか30キロを切って、アバラ骨も見えるぐらいだった。シェパードの様な活動犬ならその方が良いのかもしれないが、それから少しフードを増やしていた。1食190から220gに。それを朝晩の2食。本当はもっと食べたいんだろうけどね。それからずっと31キロ前後で推移していて、安定している。ウンチもちゃんと朝晩する。

 でも今年6月過ぎてから、ユウの食欲が落ち食べ残しが多く成った。贅沢病のユウなので好きな物は一気だが、お腹が空いていても気に入らないフードなら食べない。残した量が少しなら、マーキュリーやモモに上げてしまう。日々、マーキュリーやモモはフード量が増えてしまう。。ヨメは毎日お供えする仏壇のパンや果物を夜には下げて、それをモモ達が待っている。毎日お決まりの様に、モモもマーキュリーもそれを知っていて、ヨメが8畳の和室に入るとシッポフリフリで着いて行く。ユウも。
7月中旬のマーキュリーとユウ。

 そんな事が続いて7月中旬。皆の体重を計ったら、マーキュリーは犬生初の34キロ。。32キロさえ超えた事が無かったのに。またそれに連れてか、動きも悪く成って来た。。寝転んでいて、起き上がる時に後ろ足が動き辛い様で、お婆ちゃんの様な歩き方。階段登るのも降りるのも動き辛い様で、ピーピー無く。シッポはお腹の方へ巻いてしまっている。

 ユウが1歳を超え、それにかかる時間も増えマーキュリーとのお散歩や運動は減って来ているな、とは自分でも思っていた。自分の体力低下も有ってチャリ・ランニングも殆ど出来ていない。ユウが来る前は5~6キロのランニングは毎日やっていたけどね。。

 起きてから暫く動くと、後ろ足も普通に動くし走れる様だ。それでまずはお散歩行ってトイレを済ませてから、チャリ・ランニングを3キロぐらいを朝晩始めた。フードの量も200gに抑えて残り物は一切やらない様にした。仏様のお下がりも無し。このまま続けたらすぐに体重もすぐに落ちるだろう、と思っていたが8月初旬を過ぎても33キロ代。中々減らない。まだ後足の調子も良く無い。
8月20日頃。

段々心配に成って来る。。Chieママにも何度か相談した。シェパードは太ると寝込んでいる時に血管が押されてしびれ易いと言う。本当にそんなレベルなのかなあ。。足の不具合が有るかも知れないので、ランニングは止めた。病院で診てもらおう、かとも思った。そして暫く…8月20日。やっと32キロ代に落ちた。何だか後ろ足のしびれも少なく成ったような感じ。
9月2日。くびれもしっかり出て来たよ~。

 いつもマーキュリーと一緒に寝ているが、今までは朝起きると必ずビーンと後ろ足も伸ばして背伸びする。それが足の具合が悪く成ってからそれすらする事も無かった。でも8月月末が近付いてくると、以前の様に背伸びもし始めた。下に降りる階段も後ろ足を飛ぶように下りて行く。月末に体重を計るとね・・32.2キロ。やっとここまで来たよ。。歩く後ろ姿をビデオに撮って、Chieママに見てもらう。「全然大丈夫や~」あ~良かった!人もワンコも太ると色々不具合が出るんだね。人間に置き換えて…もし僕が3キロの倍、6キロ太ったら、それは動けなく成るだろうね。75キロは想像出来ない。でもマーキュリーも、もう少し減らそう。31キロ前後までね。これからも元気でいてね。

2019年8月27日火曜日

60年前の写真?

 先日の50年振りの同窓会。
その中で僕達が幼稚園の頃に撮った集合写真を持って来た子がいた。写真は古いしL2判ぐらいの大きさで、この年に成って裸眼ではとても見えない。でも本当に便利な時代だ。スマフォのカメラで写真を撮ってズームすると、ちゃんと見えるんだよね。それでもどれが自分かはすぐに解らない。友達が、「これ、お前やろ~」と言われてやっと解った。2列目の向かって右端に先生らしき人がいるが、そこから2人目だよ。
60年前?の幼稚園での写真
この写真の中で見覚えの有る人は。。一番後ろの真ん中にいる先生。確か幼稚園の近くに住んでいた。この先生の表情は覚えている。数人、同級生の顔は解る子もいるが、他は殆ど解らない。こんな写真、田舎の実家にまだ有るのかな。。
現在の南朝の里。この左手に幼稚園が有った。

 元々、この幼稚園はかつての南北朝時代の南朝の里のすぐ側に有った。今はその南朝の里の展示館みたいになっているようだ。桜の季節は山に咲く桜が凄く綺麗。小学生の頃は絵画の時間にその山に登って絵を書いていた事も思い出す。ここは賀名生。あのうと読む。賀名生梅林でも有名な所だよ。仕事も野球も落ち着いたら、またゆっくり帰ろう。

2019年8月25日日曜日

50年振りの同窓会

 24,25日とチームは滋賀の八日市への合宿遠征。僕は25日は50年振りの中学の同窓会が25日に五条で行われるので、24日から翌早朝までチームに帯同。25日早朝6時過ぎに八日市のホテルを出た。

 高速を使わず、家まで下道を走る。慌てる事無く普通に走って7時20分頃には家に着いた。ユウやモモもマーキュリーも大騒ぎで迎えてくれる。みんなをそれぞれお散歩に連れてスキンシップ。出かける準備もして9時頃に家を出た。

 日曜に関わらず、道路の渋滞も無く五条には11時前。いつもの五条のお寺へお参りする。ここは心のより所。自分のルーティーンの様な物だ。少しゆっくりお寺で時間を過ごし、同窓会会場のリバーサイドホテルへ向かった。

 12時からの予定の同窓会。もう沢山の人が来られている。と言っても40人前後。当時の1クラスぐらいの人数だ。あの頃は今は子供の姿すら見えないこんな田舎でも40人以上のクラスが3クラス有ったんだよ。学年全体での同窓会だから出席率は1/3ぐらいか。何人かはもう故人と成っている子もいる。中学出てもう50年だからね、それは仕方が無い。合唱。。

 受付のロビーで辺りを見渡すが、名前が解ったのは10人もいなかった。僕は殆ど変わっていない、と言われるが、男も女も殆ど解らない。あらかじめ、卒業写真でも見て名前をインプットしておけば、もう少し解ったかも知れない。今度有る時はそうしよう。

会場に入る前に皆で記念撮影。写真屋さんが皆を並べて準備を進める。ほぼ整列も出来て後は受付の人達。その人達を写真屋さんが呼びに行っている間に、自分のコンテジを持ち出してタイマーで集合写真を撮った。フラッシュが何故か効かず少し後ろの奥がぼやけてしまう。この日は全くフラッシュが効かなかった。そろそろ代え時かな。

 皆が揃っての記念撮影も終わり大広間の会場へ。今日は3年生の時の担任の先生も来られている。もう78歳。まだまだお元気でしっかりされている。僕の好きな加山雄三が今年82歳らしいからまだまだお元気で頑張ってくれるだろう。宴の途中で先生にも挨拶に。あの頃はまだ20代でしたよね。小さなホンダの360の軽に乗っておられたのを覚えている。柔道も強いらしい。体育の先生と他も何か受け持っておられた様にお思うが解らない。校長にも成られて、地元の色んな協会などの役もされている。公務員の方がこの様に勤め上げると、大体勲章をもらえるんだよね。先生も奥さんと2人で皇居で天皇陛下から勲章を頂いたそうでとても喜んでおられた。僕達の様な民間の人間は相当な功績を残さないと無縁だろうけど。
クラス入り乱れての撮影。フラッシュが効かない。。

 長く教職を勤め上げ、沢山の教え子達との色んな経験、そしてこうして再会できる事に本当に喜び感謝しておられた。僕の子供達との野球を通じての活動も話させてもらったが、是非そういう事を続けて欲しい、と言われる。僕も先生の様な年齢に成ったらそう思える様に、また言える様に成りたいね。
恩師の先生と

 あの頃はダメな物はダメ!先生のビンタも良く有った。今では考えられないだろう。悪友達との話。「オレなあ先生に左の頬を思いっきり叩かれて、ちょっと耳もおかしかったので、家に帰って親父に行ったら、お前!アホか!!と今度は右側を思いっきり叩けれた。。」と。言う事を聞かないワル達を並ばせてビンタを張った事も有ると先生は笑いながら話す。僕も親父には叩かれた事が有る。あの時も「ああ、オレが悪いな。。」と自分で思った。先生、親父、警察。これは恐かったんだよ。今、思い返しても、それらは本当に正しい事だったと思う。宴の席での級友達との話でも良くそんな話で盛り上がった。
当時の中学3年Cクラスのみんな。まだ名前の解らない人も。。

 時代は変わっているから、昔と同じ事は出来ない。今にそんな事をしたら大問題に成る。その人のキャリアさえ無く成ってしまうだろう。人様の子を叩くなんて普通では出来ない。でも本当に相手の子の為に気持ちが入っての指導なら、それは正しい事ではないかな。今の時代に叩く事なんて出来ないけどね。
 最近良く言われるパワハラ。殆どが仕向けた方を批判や処分をするが、その内の何割かは仕向けられた方にも責任が有る、と僕は感じる。全ての人が同じように成長は出来ないが努力は必要だよね。何でもそんな事はいけない!と成ってしまったら世の中、人は成長していくだろうか?適当な平均点ばかりの人間ばかりに成ってしまわないか?厳しさが有って人は考え工夫し成長していく。それが出来ない人は別の道、方法を考える。それが普通だと思うな。

 10年以上前に数人で中学のミニ同窓会をした事が有った。あの時に声をかけてくれたのは高校も一緒だった女の子で結婚して名張に住んでいて、確かその前の高校の同窓会の時にメールアドレスを交換したと思う。大阪なんばから帰りの近鉄電車にも一緒に帰った。その彼女から、暫くして、名張で少年野球の子達を沢山見たよ、とメールが来た。僕達も来ていたのかな?と。あれから何度かメール交換はした。良く覚えていないが、あれからは会っていないと思う。
 それから暫く。。奈良の病院へ行く、と言う連絡をもらった。野球小僧達と頑張る僕の爪のあかでも飲まないと、、とそんな事が確か文面に書いて有った。何か気に成って胸騒ぎのする連絡だった。あれから暫くして彼女が亡く成ったと言う連絡をもらったんだよ。。辛かっただろうね。。彼女を想い黙とうする。。

ユウとマーキュリー。モモも元気!
雄一が旅立って暫く。ミニ同窓会をした時のメンバーの1人がまた同級生の友達を連れて橿原辺りで食事会に誘ってくれて、雄一のスカイダイビングの話や彼女の話も。。辛いけれども楽しい時間を過ごさせてもらった。
2013年10月 ⇒ 同級生との一時

 楽しかった50年振りの同窓会も2時間半ほどで終わり。時間はもう3時頃。皆はホテルの1Fのレストランでまた集まっていた様だが、僕は何人かには断ってホテルを出た。ユウ達が待ってくれてるからね。早く帰ってお散歩行こう。
 残りの人生は雄一の為、家族の為、可愛いユウ達の為、野球小僧達の為にしっかり生きて行こう。