2017年9月13日水曜日

素晴らしい乗鞍とブルースカイ!

 今日は乗鞍へ。
昨夜の9時頃から用意して荷物を車に積む。モモ達はお出かけを察知して傍を離れずウロウロ。9時半過ぎに後ろ髪を引かれながら一人で出発した。

 東海北陸道のひるがのSAで休憩しコンビニで朝食やおにぎり、飲み物を買った。山頂で供えるスタバのコーヒーも買った。たまたま売っていたチョコミントのコーヒー。初めてだけど美味しいかな。
 高山バイパスに入り結構飛ばして一般国道も進んだ。そしていつもの、ほうの木平のバスターミナル場へ。時間は丁度1時頃。始発のご来光バスの時間は4時15分。それまで2時間半は眠れる。すぐに後ろのベットに横になって眠った。

 3時40分にスマフォの目覚まし。起きると回りは駐車場のライトでとても明るい。もう何人かが並んでいるようだ。すぐに準備して着替えて何とかギリギリ間に合った。バスはほぼ満員。座席は僕が最後でもう一つしか空いていなかった。往復運賃2600円。約3,40分。

 まだ外は暗いし何も見えない。ただ空は赤味をさし濃いブルーになって来ている。ウトウトしながら終点の畳平が近づき、ご来光を見に行く方はこちらが近道です。と畳平へ入る入口の手前でバスが停まった。

 そこで下りて以前にも行った富士見が岳を目指して歩く。ご来光を見るには手前の山も有るが富士見が岳の方から乗鞍山頂を目指した方が都合がいい。そう思いながら登り続けていると、すぐ前を三羽の鳥、まだ子供の様だが身体は大きい鳥。あ雷鳥だ!と思ったらすぐに通り過ぎ日の出の東の山の中の方へ入って行く。カメラを、と準備したらもう見えなくなっていた。惜しかったな。写真を撮りたかった。

 富士見が岳に5時20分前。もうすぐお日様が登って来るだろう。東の空は赤く輝いている。もうすぐだ。プロトレックの気温計は9度を少し切っている。寒い。富士山と同じくジャンパーのフードを出して帽子の下に被った。



 そしていよいよご来光が射して来る。富士山で見るご来光程ではないけれど、これだけで清々しい気分。得した気分。来て良かったと思える。
 今回は久し振りにフルサイズ一眼D750を持って来た。リュックから出して気持ちのいいシャッター音。これニコンのリコールで7月頃にメーカーでシャッターを直してから初めて撮るんだよね。今日はショルダーホルダーへ取り付けて登山中も撮りまくろう。

 ご来光の後、富士見が岳を下りて、剣ヶ峰を目指してルートに戻り登って行く。ここから1時間ぐらいだろう。先を行く人はまだ時間も早いし数人だけ。岩場を登りながらコースを見ていたが、以前より短くなったような気がする。今日は一人だし、ヨメも娘達もいない。自分のペースで登れるからかな。それでも急な坂はやっぱり辛く感じる。これは体力維持を図っていくしかない。

先に見えるのが剣ヶ峰山頂
山頂にはまだ7時過ぎ。頂上には一人しかいなくて、シャッターも頼んだ。360度、素晴らしい青空に包まれて素晴らしい山々の景観が見れる。
左後ろに見えるのは噴火した御岳山


 雄一を弔った場所も覚えている。今日はスタバのコーヒーを買って来たよ。暫く手を合わせ岩場に流してやった。少しのお茶も。ミントコーヒーだったけど気に入ってくれたかな。。

 山頂から見える景色は本当に素晴らしい!本当に雲がなければ富士山も小さく見えるハズ。でも多分その方向だろうと思う遠くの山には少し雲が低くかかっている。雲が無くなれば見えるかも知れない。8時過ぎまでずっと素晴らしい山々を眺めながら、持って来たサンドイッチやおにぎりを一つ食べて時間を過ごしていた。



 山頂には沢山の人が上がって来て休憩を始める。8時半までに準備して下山を始めた。下りてもう一度富士見が岳に行こう。雲が切れたら富士山が見れるかも知れない。


 下山しながらも登ってくる時とは違う景色を山は見せてくれる。岩場の登山道を下りたところの山小屋の休憩所で上着や中に来ていたフリーフも脱いだ。

 そして富士見が岳に再び登る。早朝のご来光の時間は寒かったが陽射しも強くとても暖かく成って来ている。そして遠い空の雲は少し切れて来た様だ。
Nの矢印辺りが富士山。すぐ横に見えるのがK北岳
その方向に目を凝らすと。。。富士山らしき山がほんの少し見える。多分あれだろう。家に帰ってから調べたがやっぱりそれだった。かすかに見えた富士山。写真では解りづらいが。D750は広角レンズのまま。望遠もないしこれ以上は無理だった。

 暫く眺めて次は去年に来た時に雷鳥の巣が有ってヒナや親鳥を見かけた水の流れる谷間の遊歩道へ行こう、と思ったがコースの修復工事で通行止めになっている。
昨年に雷鳥のヒナや親鳥と遭遇したところ。工事中。。
仕方無い。諦めて畳平の駐車場へ戻り、帰りのバスの時間を確認すると9時50分発。もう5分程しか無い。乗ろうか迷ったがせっかく来たんだし、この素晴らしいお天気。次の10時50分のバスに決めた。

 それから畳平下の遊歩道を歩いて行く。ここも一部修復工事中で一回りは出来ず引き返しのコースに成っている。でも木で作られた歩きやすい歩道をゆっくり歩いて素晴らしい景観を楽しむ事が出来た。

 その景観の素晴らしさを見て、剣ヶ峰や山々の美しさを見て思った。確かここに始めて来たのはヨメと結婚する前だ。もう39年前だ。あの時は皆車で、この畳平まで乗り込んで来ていた。道路はあの頃から変わっていない。
 そして息子が中学生の頃、ヨメと3人で来た。その時も車でここまで来れた。それ以前から車や排ガス、登山者のマナー被害などで高山植物やゴミなどの景観被害が言われるように成り車は通行禁止に成った。富士山などは登山シーズンの9月初旬までだがここはずっと通れなくなっている。

 多分、それは正解だね。それをしていなかったら今の景観は絶対保てないだろう。
富士山も通年、通行止めにしても良いぐらいだと思うな。

 10時50分のバスに乗り下りの道の車中は完全に寝込んでいた。11時半頃にほうのき平の駐車場に着き、車に戻ってゆっくり着替える。登山靴を脱ぐと、本当にスッとする、気持ちがいい。荷物を片付けて顔を洗って歯磨きもして12時過ぎに駐車場を出た。

 そこから一気に東名阪亀山SAまで。少し飛ばしたが約2時間40分程。東名阪が一番混んでいるが、もうここからは渋滞の心配はない。遅めのお昼を食べてお墓に寄って報告して帰って来た。
 
今回は今年のラストチャンスと言っても良いぐらいのタイミングだった。もう来週からはご来光バスの時間は運行が無くなる。今回、富士見が岳ではるか先に少し見れた富士山。すぐその手前に北岳が有る。地図を見ると北岳まで乗鞍から100㌔ぐらいか。北岳から富士山は50㌔ぐらいか。今度はその北岳に登って見たくなった。

 北岳は富士山に次ぐ3100を超える高い山。今度はその北岳から富士山を見てみたい。
北岳の雲海の上から同じ雲海に浮かぶ富士山が見えたら最高だろうなあ。
素晴らしい乗鞍。今日もありがとう!

あれから5年目の9月・・

 9月に入り、色々と思い出す事が沢山有る。辛い思い出が。。
2011年の今頃、雄一がとうとう入院した。2011年9月 雄一の入院
もっと早く何故行けなかったのか。気付いてやれなかったのか。助けてやれなかったのか。。と思いを繰り返す。

 今朝はお墓に寄って職場へ出勤した。昨日に母親がお花を代えてくれている。
それでも雨模様で有っても水は少なく成り黄ばんでいる。水を入れ替えて手を合わせて出て来た。

 2013年に旅立ってからもう5回目の夏が過ぎようとしている。
高野山への納骨は「気持ちが整理出来た時で良い」とお寺さんはずっと言ってくれていたがもう5年だからね。そろそろ高野山へ、と思っていた。
母親にも話すると「高野山へもう戻って、早く生まれ代われる様にした方が・・」と言う。

 それでこの18日に行くことにした。有希子もひなたも一緒の予定だ。
親切なお寺さんは一緒に行ってくれると言う。宿坊でのお昼の予約までしてくれている。
いつも本当にありがとうございます。
  
 だから今年、遅く成ったけど何とか富士山にも登った。そして明日は乗鞍へ行く。お天気は大丈夫だろう。ご来光バスが運行するのも今週まで。本当に明日はラストチャンスだ。


2017年9月5日火曜日

今年も念願の富士山。また来るよ。

 昨日は今年も、どうしても行きたいと思っていた富士山へ。
7月入ってから山の天気予報をずっとチェックしていたが雨の多い今年のお天気。
週末前後に晴れ間の続く日が殆ど無かった。本当に無かった。

 そうこうする内に8月も終わりに近づき母親の一周忌も野球も県大会など大事な大会が続く。僕がチェックしている山の天気予報は7,8月までしか無いが8月末に見た予報では9月3日辺りから4,5日ぐらいまで霧は有るが晴れの予報が出ていた。
 もう今年はここしか無いな。。労金県大会の後だけどもラストチャンスだ。
労金杯県大会準優勝!!
  その県大会は素晴らしいご父兄の応援サポートを受け下位打線まで子供達は大活躍!この大会初めての決勝まで進み準優勝とは成ったけど素晴らしい活躍だった。松阪球場から3時半頃にグランドに戻りモモ達の待つ家に帰って戯れてから少し横に成って1時間ほど眠った。それからモモとマーキュリー連れて一緒にゆっくりお散歩。その日のブログ「少年の夢」を皆が待ってくれてるからね、アップしてから11時過ぎに出かけた。
 モモ達は荷物を準備する頃からとうちゃんが出かける、と言うのを察知して騒ぎ出して傍を離れない。玄関までまとわりつく。ゴメンね。山は一緒に登れないから待っててね。

 今回はいつもの標高の最も低い御殿場ルートからの登頂は諦めた。8合目付近のいつも泊る山小屋はこの9月3日の日曜が最終営業日で宿泊するところが無い。山で、しかも富士山の8合目付近での野宿は自殺行為。ちょっと手を抜いて初めての富士宮ルートから御殿場ルートに合流するプリンスルートと呼ばれるコースで日帰り登山。そう決めた。ここは昔に今の皇太子さんが登ったルートなのでそう呼ばれている。いつも泊る山小屋には皇太子さんが泊り、その時の写真が一杯飾って有った。

 富士宮ルートの登山口は富士山スカイラインの登った標高2400mの所が登山口。登山シーズンは富士山周辺の道路はどこも通行規制がかかる。僕が見た富士山スカイラインの規制はネットでは9月1日までと成っていて、車でそこまで行けると思っていた。ところが情報はキチンと確かめるべきだった。

 夜中の11時半には津インターに乗り3時前には富士山スカイラインの分岐に着いたが通行規制は9月10日までと有る。ええ~~どうすれば良い? Ipadで調べるとそこから2㌔ぐらいの所に大きな駐車場とバスの発着所が有りそこからバスに乗り換え。そこの駐車場に行くと沢山の車が泊っていてバスの発着を待っているようで皆仮眠している。中にはシートにくるまって車の横で地べたで寝ている者もいる。「あんた、それ危ないよ。ひかれるよ。」

 バスの始発は6時。日帰り登山だし少しでも早く出たい。けどタクシーも有るが料金は4600円程。またこの時間は2割増しらしい。4人で乗るなら良いが。諦めて少し眠って6時のバスに乗る事にした。
 1時間半程眠っただろうか。仕度をしてバスに乗り込んだ。往復1800円ちょっとだったかな。駐車場は1000円だし高く着く。御殿場ルートは登りがキツイので人は少なく駐車場もタダ。もちろんそこから直接登山開始。標高は1400mぐらいしか無いけれども余分なお金は要らない。要るのは体力と気力だけ。


プロトレックの標高計は30~40mぐらいずれる。。

 富士宮ルートは直接山頂まででは一番近い距離。ただルートを見る限りつづら折りのかなり急な坂が続く。慣れない人だとそういうコースは高山病に成りやすい。
左富士宮ルート。真っ直ぐ行くと宝永山御殿場ルートへ合流する。
  健脚向きだろうね。富士宮ルートを登り始め、しばらく行くと小屋の超えたところに御殿場ルートへの分岐が有る。そこから少し下がり少し木々が有る平坦道を抜けて宝永山へ向かう。ここは昔に噴火した大きな火口が有る。何度か着ている富士山だがここを見るのは初めて。8月末の天気予報通り辺りは霧に覆われているが、強い風に流されて時折晴れ間に成る。


 その第一火口口まで一旦降りてそこからいよいよキツイ坂が始まる。身体の疲れも残っているのか。。睡眠不足もある。体力低下も著しい。。その最初の坂から今回の登山はキツイな。と感じた。去年はキツクてもこんな事は感じなかった。


強い風と冷たい霧が吹き付ける。気温は9度を切る。
  何とか火口口を登って前を見渡すと御殿場ルートが見える。よし、ここで一旦休憩と買って来たサンドを食べ出したら一気に霧に包まれ辺りは真っ白。凄い冷たい風も吹いてくる。みるみる気温は下がりプロトレックの気温計は9度からまだ下がって来る。
 アカン!すぐに退避。ダウンも持って来たがここでフードも着いているジャンパーを着こんで出発。御殿場ルートに入ると強い寒い風も霧も止み、今度は汗ばんでくる。少し暖かい方が良いからね。このまま見覚えの有る御殿場ルートへと進んだ。


斜面を横切り御殿場ルートへ。

プリンスルートの小さい看板
  しかし。。御殿場ルートってこんなにしんどかったかな。確かに1400mからの登りは半端じゃ無かった。それでも1時間ごとぐらいに休憩して登って来れていた。いつもなら朝から登り初めて5時頃には着くはるか上の8合目の山小屋。今日は2400mからなのに中々近付いて来ない。7時前ぐらいに富士宮ルートから出発して8合目3200m付近の山小屋まで3時間少々。かなり辛かった。気持ちが折れそうなぐらいに。



今年もここには日の丸。これがいい!
  50歩進んんで10秒休みそれを繰り返しその数を数えながら登って行く。そうしないと気持ちが折れそうだ。プロトレックの標高計は30分ぐらいに100mアップがやっと。でも何とかこの調子ならお昼頃には山頂に着くだろうと思っていた。
 いつもは山小屋で寝て早朝2時頃から山頂を目指す。いつもキツイけれどもそれ程辛いと思った事は無い。でも今回は特にキツかった。その山小屋から頂上までの道のり。休む回数も増えてくる。休んでも足の体力は回復しない。本当にキツかった。コース終点の鳥居が見えても元気は出て来ても足がヒザが動いてくれない。

いつも泊る8合目山小屋はもう閉店仕度。ここのカレーがうまい!


キツい登り
  昔、職場にいた有名大学を出た仕事をしないヤツを思い出した。良くこんな事を言って楽をしようとする。自分のせいではなく「この指と腕が悪いんですよ。仕事はしたいんですがこの指が悪いんですよ。」と真面目な顔で訴える。言い訳にしか聞こえない。有名大学を出て何を学んで来たんだろう。
もう少し。これが辛い。。
ゴールは見えてるが足が動かない。。
  山頂周回路にやっと到着し一人登山ながら「はあ~やっと登った!めちゃエラかった!」と言いながら地べたに座り込んでシューズを脱いでほんの少し横に伸びて眠ったよ。自分では体力は回復すると思っていた。
 ところが起きて再び準備して歩き出すと戻っていない事に気付く。そこから20分弱の目的の場所。それ程坂は無いがそれでも足は重く思うように動かない。
ここでも40mは標高計がズレている。海から0に合わせないといけないのかな。
  そしてやっと着いた。マジ叫んだよ。「やっと来た!!やっとここまで来た!」
2013年に雄一の遺灰を少し撒いたところ。ご来光が真正面に見える所だ。以前は鳥居も有った。お賽銭箱も有った。それが去年は倒れていて飛ばないように石などで抑えられていた。山頂は凄い気象環境なんだろうね。そして今年は何も無かった。

今年もやっと来たよ。コーヒーだけだけどゴメンね。。



 でも岩場の場所は覚えている。去年はここに好きだったスタバのコーヒーを撒いたよ。今年はBOSSのブラック。タバコも吸わないしお酒やビールは余り飲まなかったからなあ。暫くここで休む。また来るよ。

 時間はもう1時を過ぎている。2時頃には下山しないと6時には戻れないだろう。ご来光の早朝の時間は町の中の人混み以上に凄い人達が登って来るがこの時間帯は滞在している人も殆どいない。もう9月だし閉まっている山小屋も有る。

お昼過ぎ、山頂付近は人も少ない。
  

 富士山火口口の通称お鉢廻りと言われる火口口の周遊道も今日は良く見える。お鉢の回りの崖には沢山のつららも見えるね。年中溶けないのだろう。ゆっくり回りや下山風景を見ながら富士宮ルートの入り口に戻り持って来て残りのパンを食べて少し休んで2時過ぎに下山を始めた。
正面に見えるのが富士山頂三角点の有る剣ヶ峰。そこが3776m。



富士宮ルートの終点に有るお宮さん。
  去年の御殿場ルートは2回目だったし帰りは超速かった。山頂のご来光を見て7時頃に下山し9時頃には1400mの駐車場に戻っていた。大砂走の下りは殆ど走っていた。それもかなり速く。

富士宮ルート途中から頂上を望む。

  今回はどれぐらいかかるだろう。。下山を始めて有る程度想像出来る。このコースと身体の疲れなら、最悪登りと同じぐらい4時間はかかるかも知れない。岩場が多くとても走れないし今日はその体力は全く残っていない。走ったら間違いなく大けがする。登山は登り3割、下り7割と言う。それは正解だ。
やっと下界が見えて来た。
  ずっと岩場や石ころが転がるつづら折れの富士宮ルート。最後まで本当に辛かった。多分足のすねもふくらはぎもヒザも相当来ているがやっとやっと5時20分頃、登山口に戻って来た。ああ、これでやっと帰れる。平坦路を歩くと身体や足の疲れが良く解る。去年の疲れも残らなかった御殿場口の下山とは大違い。もうヘロヘロとはこういう事を言うんだね。
バスへ乗るのもヘロヘロ。
  動かない足で6時発のバスに乗り込み駐車場まで戻って来る。駐車場で荷物を片付けて着替えると時間はもう7時。殆ど寝ていないし、まず休んで寝ないとこのまま帰るのは無理。
暫く走って新東名に乗り一番最初のSA静岡でソバとソフトクリームを食べて9時過ぎには車の小さなベットで一瞬で眠りに着いた。

 朝目覚めたら辺りはもう明るい。時計を見るともう5時を回っている。良く寝た~。グッスリ。顔洗って歯磨きして冷たい缶コーヒーを飲んで少し体操して一気に帰って来た。
新東名静岡SA5時半、岡崎から湾岸へ6時半。湾岸長嶋7時頃。湾岸も東名阪も一気に車は増えたが鈴鹿の渋滞も無く、お墓に立ち寄って報告して水を替えて8時過ぎには家に帰って来た。

 大騒ぎするモモ達。2人一緒にお散歩へ出かけたよ。大喜びでまとわりつくモモ。本当に可愛い。

 今回は本当に辛かった登山。初めてと言っていいぐらい疲れた。やっぱり山をナメてはいけない。辛かったけどやっぱり登って良かった。気持ちも一区切り着いた。
 無事に帰って来れてありがとう。また来年、今度はしっかり準備して行きたい。

2017年8月22日火曜日

所沢。ナビとGショックの怪。。

 昨日は所沢西武ドームへ。
母親の一周忌を終えて娘に運転してもらって夕方に帰りモモ達をゆっくりお散歩連れて夕ご飯を食べて少し1時間半程眠った。

 準備している頃からモモ達はもう察知している。
とうちゃんがどこかに出かけると。ワタシも連れてけ!とソワソワ傍を離れない。玄関までまとわりつき吠える。
 ゴメンね。明日帰って来るからお利口さんしててね。

 西部ドームはBチームのティーボールの全国大会。2年連続県大会を優勝しての出場だ。去年も来たけれども遠かった、という印象しかない。
去年はモモ達も連れて山中湖のWoofで宿泊してそこを早く出て向かったがそれでも遠い田舎。Woofや箱根、横浜辺りまでは全然苦に成らないんだけども。。

 子供達の大会は少し残念な結果だったけども勝負事だから仕方ない。また次に向けて頑張って欲しい。

 西部ドームまでの道のり。ナビでもグーグルマップでも横浜まで新東名を進みそこから首都圏中央連絡道を走る、と出る。マップで見ても間違いはない。
その通りに走ったよ。
 
 すると圏中央道に入ると暫くしてナビがおかしくなる。全然違うところを走行している??高速だし夜だし停めて確認するSAも近くには無かった。全く訳の解らないところを指示しているので中央道と別れる分岐のところの斜線部分に車を止めてIpadのグーグルマップで確認した。それでは圏中央道を走って・・と出る。そこからはIpadを横に置いてドームまで走った。ナビも機械物だから壊れる時も有るだろう。GPSがずれる時も良く有るけれども全く違う所ってのは初めてだった。

 そしてもう一つ不思議な事。ドームには3時半頃に着いたがもちろん駐車場ゲートは開いていない。近くの邪魔に成らないところに車を止めて2時間近く眠った。
そして時計を見た。「え?外は明るく成ってるのにまだ4時すぎ??」
いつも出掛ける時に付けるブルーのGショック。息子の病気で闘病が始まって仕事も退職した時にその時のチームのご父兄が退職記念にと贈ってくれた物。商品は僕が選んだしとっても気に入っている。電波・ソーラー時計だから当分はメンテ不要のハズ。
 
 リセットしても時刻が合わない。TOKYOのタイムは全く違う時間を差す。どうなってるんだろう。所沢界隈はタイムエスケープゾーンなのか?
2時過ぎまでドームに居たがGショックの時計は全く役立たず。家に帰った時も変わらず。
翌日に見ると電波時計らしく元に戻っていた。

 何だったんだろうね。昨日のナビとGショック。今度行く時は時計を2つ持って行こう。

2017年8月20日日曜日

母親の一周忌。

 今日は母親の一周忌。
チームと離れて田舎の五条へ帰る。有希子もひなたも一緒に来てくれた。アウトランダーは2人乗り+ワンコ用の専用車に成ったので2人以上は乗れないからフィットで行ったよ。フィットはやはり乗り心地がもう一つ。何だか疲れるけど仕方無いね。

 京奈和自動車道の御所から五条間が19日には開通すると兄貴から聞いていた。それで今日はまずはその道路を通ってみよう。
名阪から西名阪を少し走り京奈和道路へ。途中の橿原市内は一旦下に降りなければいけない。この橿原市内の道路はまずこれからも出来ないだろうな。準備している様子もない。これが繋がれば本当に便利なんだけど。

 その京奈和道路の御所から新しい道。長いトンネルも有り抜けるとすぐに五条の北インター付近に繋がる。一車線だから流れに乗るしか無いけれど便利にはなった。時間はまだ8時半前。いつもの五条のお寺に立ち寄ってお参り。久し振りにおみくじを引いたら吉だったよ。


 そのお寺ではるか先に練習している声が聞こえる。多分智辨の野球部だろう。ここからかなり距離は有るけどね。お寺からそのグランドの方に向かって行く。今日は練習試合の様だね。他のチームも試合前のアップをしていた。もうこれから秋の大会へ向けての準備。春の甲子園に繋がる大事な時期。また活躍を期待しよう。

 母親の一周忌は10時頃から始まった。いつものふげんさんのお坊さん。雄一の時から世話に成っている亀山の不動院のお坊さんを紹介してくれたのがこのお寺さんだ。高野山大学では不動院さんの先輩に当たる人。お経はと言えば不動院さんのお経はとっても解りやすいお経。なぞって唱える事も出来るが、ふげんさんのはさわりだけで後は解らない。一緒に唱えられないお経。どちらが良いかとは言えないが解りやすい方がいい。

 そんな一時間ぐらいのお努めが終わって、説法をする。
奇跡について。これは何度か聞いた事が有る。以前の法要の時か、それとも不動院さんの説法だったかもしれない。
 要は今ここに生きている僕達。それには沢山のご先祖さん達の繋がりで今が有る。弘法大師からの年代7~8世紀の時代から数えるとそのご先祖だけで一億人ぐらいに成るらしい。だから今が有るのはそれすら奇跡なんだと。だからご先祖さまを大事にしてしっかり生きなさい、と言う事かな。何度か聞く話でも、生活に追われていると大事な事を見失う事も良く有る。同じことでも思い起こし見つめなおす事も大事だと感じる。

 お墓参りの後は近くの料理旅館で食事。僕達が子供の頃から有る旅館。こんな田舎でそれだけ続く事も素晴らしいな、と思う。地元の人は泊まらないだろうし使用するのはこんな時ぐらいだろう。子供の頃はお菓子なども売ってる何でも屋さんも隣に有ってここのお婆ちゃんが良く可愛がってくれた。買い物に行くと「これも持って行き!」と良くお菓子をくれた。子供達も悪ガキも沢山いて野山や川を駆け回っていた。古き良き時代。

 そんな田舎も本当に人がいなくなって来た。60代以上の人しか住んでいないような、それも一人暮らしのお宅も多いように思う。去年来た時に柿取りをしていた急な坂の柿の畑は、今日お墓参りに行くとそこは柿の木が切られ畑は雑草が覆いつくしている。聞くとあれから親父さんが亡くなったそうだね。今は僕よりも高齢な奥さんが一人。もう出来ないからと切ったらしい。これからそんなお家も増えてくるだろう。寂しく成る。

 その旅館の懐石料理。美味しかったね。記憶の中では食べた事は殆ど無い松茸も。昔小さい頃に悪ガキらと松茸取りに行った事もある。今考えるとあんな山の中にガキ達だけ。今じゃ考えられないね。初めての山でも何の不安も無かった。どうすれば帰れると言う事は解っていたからね。あんな経験が今でも抜群だと自負する地理カンに繋がっていると思う。

 帰りの運転が気に成ったが有希子なら安心して乗れるから、帰りは運転を頼んで、お付き合いだし沢山アルコールも飲んだよ。今度みんなが集まるのはいつだろう。来年の三回忌に成るのかな。
 雄一の七回忌は2019年の2月。後2年後だ。。みんな元気でまた会える様に。