先日の22、23日は大峰山の登山口が有る洞川へマーキュリーと一緒に行って来たよ。実家にも近いけれど、津から飛ばしても最低3時間はかかる。吉野からは山道のつづらおれの道も多いが、標高も上がる分、ここは夏も涼しい。今は無いとは思うが昔はスキー場もあった。まだ学生の頃に親父らに連れられて初めて来た。田舎には無い旅館なども当時から有って華やいで見えた記憶がある。
あれから40年以上経ち、2013年息子が旅立ってから暫らくして洞川から大峰山はへ登った。色々と思う事、考える事も沢山有った。大峰山の頂上近くに修行者達が修行を行う「西の覘き」が有る。岩場の先は断崖絶壁が100m以上有り、そこから逆さにくさりで吊り下げられて、懺悔もしながら必死で修行するところだ。昔は「東の覘き」も有ったらしいが、今は危なくて無くなったらしい。一度は皆さんも登って確かめてこられたら、とは思います。
その大峰山は今も女人禁制の修行の山だ。洞川の奥に登山道入り口が有るが、今も女人禁制、女人結界の大きな門が掲げられている。おかしな話だがお坊さんや男の人達が長い修行の後に洞川へもどり、そこには昔は遊郭も有ったらしい、とは最近知った。そんな華やかさが今も栄える旅館などが有って、その面影も少しは感じるが、今は外国人も多い観光地に成っている。
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| 大峰山への登山口はこの先にある。 |
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| 女人禁制の看板。この先の門には女人結界の大きな文字 |
前置きが長く成ってしまったが、洞川へは大峰山へ登山した後に何故かいつも立ち寄っていたお店が有って、そこにはピアスした可愛いお婆ちゃんがいて、いつも親切に相手をしてくれて葛湯やこんぺいとうなどをいつもご馳走に成り、帰りの車の中で嬉しくて泣いたよ。。2度目に行った時は「今度は息子さんんも連れておいで。。」というので、「実は。。。。。」と話した。あの帰りは暫く涙が止まらなかった。それからもう一度、大峰山へ登りそれがお婆ちゃんに会った最後で、それから僕は脳出血で倒れて暫らく。。気に成っていたお婆ちゃん。倒れてから2年近く経って、久し振りに洞川のそのお店に行くと、お婆ちゃんは元気で今は施設に入っているらしい。ああ、良かった。そこで60も超えた娘さんに色々聞くと、このお店ではキャンプ場やロッジ、バンガローなども有るらしい。
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| お世話に成っている 大峰山陀羅尼助丸 西浦清六本舗さんのお店 |
そこでそのバンガローに22日は泊まる事にした。もちろんマーキュリーも一緒。マーキュリーは14歳まで23日であと1ヵ月。最近は家の階段を登るのも大変苦しく成って来た。少しでも体調を戻して欲しい、その一心でのお泊りで少しでも体調も戻って欲しいと願ってだ。マーキュリーと一緒にゆっくりと周辺を歩く。こんな山の中にとても立派な天川村の洞川ミュージアムセンターが有る。人が来るのかな、と思うが内部は本当に立派な広いセンターだ。
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| とても立派な天川村の洞川エコ・ミュージアムセンター |
22日、ヨメの帰りを待って12時半頃に家を出る。そこからみっちり3時間かかった。15時半前にやっと着いて荷物を下ろす。夜はバンガローの中でお肉を焼いて食べるよ。さすがにもう10月後半。マジで寒い。夜は本当に寒かったよ。ファンヒーターもつけたが冬とは違う寒さだったね。夜は本当に寒いしシカの団体さんの声も聞こえるので出かけるのはやめた。
朝方は7時過ぎからマーキュリーを連れて周辺散策。川沿いの石畳の遊歩道から始まり、ここから大峰山の登山口近くまで続いている様だ。マーキュリーとゆっくり歩いていると、若い元気な青年が夏の服装とぞうり履きで駆け足で追い越して行く。その青年はその先の橋を渡り川原に降りて反対側にある洞窟に向かって頭を下げて礼をしている。後で西浦さんのお店で聞いたが、昔の人が岩壁を掘り、中に仏像なども有るらしくて、地元の人達は子供の頃から付近で遊び今も大事にしているそうだ。
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| 夏は涼しくて気持ちいいだろうね。 |
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| この岩の先に仏像が有るらしい。。 |
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| この階段は今はもう登れない。。 |
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| これはまだ登れる。。 |
この遊歩道には今のマーキュリーには登れない急な階段が有って、その先には行かなかったが色々楽しめる遊歩道だった。大峰山登山一行さまと書かれた温泉も有ったが今は営業していないのかな。
川沿いの反対側の急な岩盤には見どころが沢山有るね。マーキュリーも元気に歩いてくれたよ。まだまだ元気で歩いて欲しい。来月23日には14歳だよ。まだまだ一緒にがんばろう!!