2026年10月25日日曜日

22,23日は念願の洞川へ

  先日の22、23日は大峰山の登山口が有る洞川へマーキュリーと一緒に行って来たよ。実家にも近いけれど、津から飛ばしても最低3時間はかかる。吉野からは山道のつづらおれの道も多いが、標高も上がる分、ここは夏も涼しい。今は無いとは思うが昔はスキー場もあった。まだ学生の頃に親父らに連れられて初めて来た。田舎には無い旅館なども当時から有って華やいで見えた記憶がある。

 あれから40年以上経ち、2013年息子が旅立ってから暫らくして洞川から大峰山はへ登った。色々と思う事、考える事も沢山有った。大峰山の頂上近くに修行者達が修行を行う「西の覘き」が有る。岩場の先は断崖絶壁が100m以上有り、そこから逆さにくさりで吊り下げられて、懺悔もしながら必死で修行するところだ。昔は「東の覘き」も有ったらしいが、今は危なくて無くなったらしい。一度は皆さんも登って確かめてこられたら、とは思います。

 その大峰山は今も女人禁制の修行の山だ。洞川の奥に登山道入り口が有るが、今も女人禁制、女人結界の大きな門が掲げられている。おかしな話だがお坊さんや男の人達が長い修行の後に洞川へもどり、そこには昔は遊郭も有ったらしい、とは最近知った。そんな華やかさが今も栄える旅館などが有って、その面影も少しは感じるが、今は外国人も多い観光地に成っている。

大峰山への登山口はこの先にある。

女人禁制の看板。この先の門には女人結界の大きな文字

 前置きが長く成ってしまったが、洞川へは大峰山へ登山した後に何故かいつも立ち寄っていたお店が有って、そこにはピアスした可愛いお婆ちゃんがいて、いつも親切に相手をしてくれて葛湯やこんぺいとうなどをいつもご馳走に成り、帰りの車の中で嬉しくて泣いたよ。。2度目に行った時は「今度は息子さんんも連れておいで。。」というので、「実は。。。。。」と話した。あの帰りは暫く涙が止まらなかった。それからもう一度、大峰山へ登りそれがお婆ちゃんに会った最後で、それから僕は脳出血で倒れて暫らく。。気に成っていたお婆ちゃん。倒れてから2年近く経って、久し振りに洞川のそのお店に行くと、お婆ちゃんは元気で今は施設に入っているらしい。ああ、良かった。そこで60も超えた娘さんに色々聞くと、このお店ではキャンプ場やロッジ、バンガローなども有るらしい。

お世話に成っている 大峰山陀羅尼助丸 西浦清六本舗さんのお店

 そこでそのバンガローに22日は泊まる事にした。もちろんマーキュリーも一緒。マーキュリーは14歳まで23日であと1ヵ月。最近は家の階段を登るのも大変苦しく成って来た。少しでも体調を戻して欲しい、その一心でのお泊りで少しでも体調も戻って欲しいと願ってだ。マーキュリーと一緒にゆっくりと周辺を歩く。こんな山の中にとても立派な天川村の洞川ミュージアムセンターが有る。人が来るのかな、と思うが内部は本当に立派な広いセンターだ。

とても立派な天川村の洞川エコ・ミュージアムセンター

 22日、ヨメの帰りを待って12時半頃に家を出る。そこからみっちり3時間かかった。15時半前にやっと着いて荷物を下ろす。夜はバンガローの中でお肉を焼いて食べるよ。さすがにもう10月後半。マジで寒い。夜は本当に寒かったよ。ファンヒーターもつけたが冬とは違う寒さだったね。夜は本当に寒いしシカの団体さんの声も聞こえるので出かけるのはやめた。

 朝方は7時過ぎからマーキュリーを連れて周辺散策。川沿いの石畳の遊歩道から始まり、ここから大峰山の登山口近くまで続いている様だ。マーキュリーとゆっくり歩いていると、若い元気な青年が夏の服装とぞうり履きで駆け足で追い越して行く。その青年はその先の橋を渡り川原に降りて反対側にある洞窟に向かって頭を下げて礼をしている。後で西浦さんのお店で聞いたが、昔の人が岩壁を掘り、中に仏像なども有るらしくて、地元の人達は子供の頃から付近で遊び今も大事にしているそうだ。

夏は涼しくて気持ちいいだろうね。

この岩の先に仏像が有るらしい。。
               
この階段は今はもう登れない。。

これはまだ登れる。。
 この遊歩道には今のマーキュリーには登れない急な階段が有って、その先には行かなかったが色々楽しめる遊歩道だった。大峰山登山一行さまと書かれた温泉も有ったが今は営業していないのかな。

 川沿いの反対側の急な岩盤には見どころが沢山有るね。マーキュリーも元気に歩いてくれたよ。まだまだ元気で歩いて欲しい。来月23日には14歳だよ。まだまだ一緒にがんばろう!!

2026年10月21日水曜日

先週月曜から昨日も桝形山、白米城跡へ!

  昨日20日は9時前からリハビリ訓練。先週からの桝形山、白米城跡への連日の登山での状況などを話し、そのストレッチなどで相談する。そこで気が着いたのは右手の手の平を壁に当てて腕を伸ばすストレッチをするが、右手の手の平はしっかり真っすぐ向けようとしても曲がってしまう。左手とは大きく違っていて、この辺りがマヒ部分の悪い所だと実感した。こんな事も山登りを初めて、その後はしっかりストレッチを!とリハビリの先生から言われてやっと解った事だった。

 そして19日月曜に桝形山へ登り、一つ感じた事が有った。両手にストックを持ち登り、下りてくるが右手の握力は弱く時々今までも良く握り部分が外れてしまう事が多々あった。そして昨日に気が着いた。右腕の薬指の先の部分の皮がめくれてしまっていた。右手は殆ど痛みも感じないので気がつかなかった。

相変わらず中指、薬指の曲がりがおかしい。。

 そして昨日もリハビリの後に家を出て桝形山へ。車で嬉野の先まで30分弱。10時10分頃に駐車場に着いてすぐに登り始める。右手のストックの握り具合をチェックしながら。。今までもドアを閉める時も車のドアを閉める時も薬指だけ言う事聞かず、ドアノブにかからない事が多々あった。薬指だけ同じ作業が出来ない。

 右手のストックを見ていると握っていたはずの薬指が時々ストックの握りから外れて握りの外側へ入ってしまいっている。。そうなるとちょうど皮がめくれている所にストックの握り部分が当たっているのか。。どうも無意識のうちに薬指だけストックの握りから外れてしまう様だね。。意識していても何度もそんな事が有った。仕方ないね。日々訓練して直して行くしかない。


真っすぐ下に降りる道もある様だが今はつながってないらしい。。

 白米城跡周辺は地元の皆さんが日曜の18日に草刈りもしてくれていて綺麗に成っている。他の山道への案内もある。また今後違う道でも歩いてみたいね。先日この白米城へ登ったすぐ後に来たおじさんが頂上から松阪市内を一望し、二礼二拍手して一礼する姿を見てちょっと感心。日本人の心だろう。昨日は僕も同じようにしたよ。今日も無事に登れた事に感謝して! また登ろう!

2026年10月17日土曜日

今日も4日続けて桝形山、白米城跡へ登る

  今週はいいお天気が続く。12日に初めて登り、14日に小雨の後に桝形山へまた登ったが、15,16日もとっても快晴でまた続けて桝形山、白米城跡へ登る。

信長が大群で攻め、先方隊の秀吉も攻めた歴史がある様だ。

 15,16日は平日だが登り、下りでも20人以上の人達に出会う。今週の4日間だけで何度か会った人達もいる。ここは本当に地元の人達から大事にされている山道だと改めて感じるね。周りにも山道にもゴミも見当たらない。僕達も使用させて頂いてるのだから当たり前の様にマナーも守らなければいけない。お年寄りのご夫婦と思われる2人連れも多かったなあ。1人でこの山で日課の様に登る人も多いようだ。

登り口。ゴミも無い。しっかり管理されていると感じる。

 今週の月曜の初登山から4回の連続登山で感じる事は間違いなく右足の動きは良く成って来ていると感じる事だ。家に帰ってマーキュリーとのお散歩でもそれは感じる。足の指先の動きやヒザの動きが登りや下りでの動きの変化が特に良い様に感じる。両手ストックを持ち、交互に足の動きに合わせてストックを着いて登り、下りるがその動きはまだまだしっかり握れない右手の動きの訓練にも成る。

 本当にほんの少し、ほんの少しだが右足と右手の変化は良く成って来ている、と感じる事は出来る。これらは今までのリハビリや訓練の中では中々感じる事は出来なかった。脳出血発症から2年が過ぎたが去年は夏を過ぎてから一気に症状は悪く成ってしまった。

 何がいけなかったのか、それは解らないがリハビリ訓練だけでは全く良くは成らない、と言う事だ。少しでも良くしたいなら、自分で色々工夫して努力して行く事、日々必ず続けて行く事しかないと言う事だ。

 年老いた72歳の身体は何もしなかったら衰えていくだけ。いつかは車いすに戻ってしまう。病院にいた時のように土日も休み無しで1日3時間の訓練をリハビリの先生に指導も受けながらしっかりやっていれば良くは成ってくる。それぞれの障害の程度によりリハビリ訓練の時間は大きく変わる。今は僕は月8回の1日わずか40分の時間だけ。それも血圧や体温をチェックし世間話も入れば30分ぐらいに減ってくる。それだけの訓練で良く成るとは思っていないが良く成る為の色んな情報やら訓練方法などを教えてくれる。それが有るから今も続けている。

 そして、今日の土曜も桝形山、白米城跡へ登って来たよ。神戸のグランドへ8時前には行って子供達を見てそれから暫くして行って来た。今日も快晴のとっても気持ちのいい山頂付近だった。さすがに4日連続となる今日は足の疲れも感じたが快調に登れた。下りで特に感じたのは健勝者の足の運びのスピードの差だ。今日の下りで頂上付近から抜かれたが、あっと言う間に見えなく成ってしまう。今の右足の状態では下り坂では危なくてとても追い付けない。それは出来ないとは思うけれどももう少し良く成る様に頑張っていこう。

今日もとっても気持ちのいい山頂!

 今日、そんな下りでとっても健康そうなお母さん。背中にリュックを背負い、前にはまだ生後1年ぐらいの赤ちゃんを背負って1人で登って来る。その登りっぷりも全くそんな事を感じさせないぐらいに元気に普通以上に登っていく。まさにアスリートだな、と思ったよ。

2026年10月14日水曜日

14日もリハビリの後に桝形山へ

  今日は訪問リハビリの後、すぐに準備して家を出た。時間は9時50分頃。お天気は雨の後で地面は濡れてはいるだろうが、これからはお天気は良く成る。桝形山へまた登りたい。10時20分頃には浄眼寺のすぐそばの駐車場に着き、すぐに歩き始めた。

 12日にマーキュリーと登り始めたが、40分過ぎで断念してゆっくり下りてくる。マーキュリーはそれでも下りも良く頑張ったよ。この日は疲れて寝ていたが、それから火曜日はしっかり足のマッサージもやってあげた。夕方にはまた歩きだしてくれた。マーキュリーのリタイヤ後に家に一旦戻って再度、桝形山へ1人でチャレンジ。登って下りて感じた事は今の自分のマヒの訓練には一番いいかもしれない、と思った。急な登りや段差は無いし山道も整備されている。特に下りでは右足の訓練に一番いいかも知れないと感じていた。下りでも着地する時に少しヒザを曲げて下りていけば、右足にも適度な負荷がかかり筋力もついてくるのでは、と感じる。

 10時20分過ぎに歩き始め、登りだけども快調に登っていく。おそらく知らない人が見たら普通の人だと思うだろうね。両手ストックの使い方もかなり馴れて来た。右手はまだしっかり握れないが握るのも右手のリハビリ。少し左のストックよりも長くして登り続ける。雨の後で山道が濡れた所も多かったが滑る事も無かった。

 登り始めてほぼ50分。櫛形山の山頂の手前、推ノ木城後と呼ばれる遺跡が有りその周辺に堅堀や土塁、堀切と呼ばれる昔のお城の防御などの為の遺跡跡がある。今日は推ノ木城後にも登ってみたが何も無かった。今日は桝形山の方へは行かず、ここで下山を始める。11時10分頃からどれぐらいで下りれるだろう。

推ノ木城後へ登る。やぶ蚊が多くてすぐに下りてきた。。

 慌てる事はせずストックの使い方を気にしながら、、右足の使い方も気にしながら下りもノンストップで下りて来た。車に乗って時計をみると12時にも成っていなかった。ここから家まで30分ほど。また登ってみたい。

 色々この推ノ木城や白米城の歴史をたどると織田信長や木下藤吉郎らに攻められているが当時は阿坂城とも言うのかな。。歴史は難しいけども調べていくと面白い。登って下りて2時間ちょっとぐらいのリハビリ登山にはピッタリのコースだ。今日は水曜だし今週はもう一度登ってもいい。お天気も良さそうだしまた登ろう!!

2026年10月13日火曜日

12日スポーツの日は桝形山へ!

  12日は松阪の桝形山へ。山歩きで手ごろな低山を近郊で探すと松阪の嬉野を超えた辺りから登る標高310mほどの桝形山が出て来た。山サイトでの地図を見ると何度も下道で走って来た松阪球場へ行く途中の嬉野を超えてから山手に登っていけばいい。

 7時頃には準備もしたがマーキュリーが一緒に行きたがる。。仕方ないし低山だから連れて行ってみようとデリカで一緒に出かけた。家から久居駅を通りそこから真っすぐ走る。嬉野を超えて田んぼ道に入り浄眼寺というお寺の近くに駐車場も有るらしい。行くとその通りに駐車場も有った。ここまで30分もかからない。地元の人達が山道も駐車場も管理してくれている様だ。この日は祝日だったし登山客も多いようだったが車も止めれた。マーキュリーも降ろして準備して早速歩き始める。

 登山道入口には大きな扉と施錠出来る簡単な設備もあり出入りするたびに扉を閉めていく。登り始めてすぐに感じたがここは地元の人達が大事に守っている山道だと感じた。津市の低山で感じたようなほったらかしの山道とは凄い違いだ。松阪と津との市の対応も大きく違うと感じる。数年前に登った奈良との県堺にある高見山でも案内はちゃんとされていた。管理一つで本当に大きく違う。橋が2つも3つも壊れても何年経ってもほったらかしの津市はもうちょっと考えて欲しい、と感じる。あれではまた行こう、とは思わないね。

 最初のコンクリートの山道からすぐにそれも無く成ったが、道幅はほぼ頂上近くまで軽トラの山仕様なら登っていけるだろうと思える広くて歩きやすい山道だった。祝日でも有ったので家族連れや夫婦らしき人達とも何度も会い挨拶をしながら登っていく。ワンコも何頭かいてバーニーズもいたなあ。。マーキュリーも皆に可愛がってはもらえるが歩き方はもうお婆ちゃんなので皆が都度聞いてくる。「もう、いくつぐらいですか?」と聞かれ、その度に「来月で14歳です」と答える。励ましてはくれるが本心はほおっておいてほしい。

20分を超え、30分を過ぎてマーキュリーの足が更に遅く成ってくる。。もう辛いだろうね。40分近くで途中で休憩したが、もう限界だと感じてそこからゆっくり下山を始めた。下山もゆっくり。。やっぱり後ろ足が辛そうだ。4,50分かけて下山し水を飲ませて少し休憩して車に乗せて帰る。仕方ないね。

マーキュリーは頂上まで30分ぐらいの所でリタイヤ。仕方ない。

 家に帰るとまだ10時半過ぎだ。。少し考えてマーキュリーを置いて、もう一度チャレンジする事にした。一旦片付けかけたリュックをもう一度積んで出かける。11時過ぎには浄眼寺に着いて再び歩き始めた。

 今度は両手ストックを持ち、スムーズには動かない右手も出来るだけ左足に合わせてストックをつき順調に登っていく。特に急坂や歩き辛い山道も無く、昔はこの山の上にお城も有った様で1時間経たずにそれらの案内板まで登って来た。




 そこからはその城跡を目指して登っていく。桝形山の山頂、かつての白米城と呼ばれる山頂まで1時間少しで着いた。この頂上からは津、松阪の海岸や町並みもとっても良く見えるね。山道の手入れもしっかりされているし、大きな石や段差も無く、歩き辛いと感じる所もない。僕の足のリハビリにはこういう山道が一番だな、と感じたよ。



桝形山山頂、白米城後

 松阪市の管理も地元の皆さまの管理も大変良かったと思います。これからの維持管理も大変でしょうが、こういう所に人は集まると感じます。山頂でおにぎりを食べながら、僕もまた何度か来ようと思いに込めて気持ち良く下山して来ました。

とっても登りやすくリハビリにも最適と感じる山道

 下山して駐車場の近くにある浄眼寺で気持ち良く登山出来た事をお礼したかったのでお参りに行ったが誰もいない。が手を合わせて感謝して帰って来た。マーキュリーのリタイヤは有ったけれども再チャレンジして14時半までには家にも戻れてマーキュリーの世話も出来る。また是非行きたいね。昨日のスマートウォッチの万歩計は19000歩を超えて新記録でした。1日2回登ってもいいな、と思えた登山でした。ありがとう!