2026年10月17日土曜日

今日も4日続けて桝形山、白米城跡へ登る

  今週はいいお天気が続く。12日に初めて登り、14日に小雨の後に桝形山へまた登ったが、15,16日もとっても快晴でまた続けて桝形山、白米城跡へ登る。

信長が大群で攻め、先方隊の秀吉も攻めた歴史がある様だ。

 15,16日は平日だが登り、下りでも20人以上の人達に出会う。今週の4日間だけで何度か会った人達もいる。ここは本当に地元の人達から大事にされている山道だと改めて感じるね。周りにも山道にもゴミも見当たらない。僕達も使用させて頂いてるのだから当たり前の様にマナーも守らなければいけない。お年寄りのご夫婦と思われる2人連れも多かったなあ。1人でこの山で日課の様に登る人も多いようだ。

登り口。ゴミも無い。しっかり管理されていると感じる。

 今週の月曜の初登山から4回の連続登山で感じる事は間違いなく右足の動きは良く成って来ていると感じる事だ。家に帰ってマーキュリーとのお散歩でもそれは感じる。足の指先の動きやヒザの動きが登りや下りでの動きの変化が特に良い様に感じる。両手ストックを持ち、交互に足の動きに合わせてストックを着いて登り、下りるがその動きはまだまだしっかり握れない右手の動きの訓練にも成る。

 本当にほんの少し、ほんの少しだが右足と右手の変化は良く成って来ている、と感じる事は出来る。これらは今までのリハビリや訓練の中では中々感じる事は出来なかった。脳出血発症から2年が過ぎたが去年は夏を過ぎてから一気に症状は悪く成ってしまった。

 何がいけなかったのか、それは解らないがリハビリ訓練だけでは全く良くは成らない、と言う事だ。少しでも良くしたいなら、自分で色々工夫して努力して行く事、日々必ず続けて行く事しかないと言う事だ。

 年老いた72歳の身体は何もしなかったら衰えていくだけ。いつかは車いすに戻ってしまう。病院にいた時のように土日も休み無しで1日3時間の訓練をリハビリの先生に指導も受けながらしっかりやっていれば良くは成ってくる。それぞれの障害の程度によりリハビリ訓練の時間は大きく変わる。今は僕は月8回の1日わずか40分の時間だけ。それも血圧や体温をチェックし世間話も入れば30分ぐらいに減ってくる。それだけの訓練で良く成るとは思っていないが良く成る為の色んな情報やら訓練方法などを教えてくれる。それが有るから今も続けている。

 そして、今日の土曜も桝形山、白米城跡へ登って来たよ。神戸のグランドへ8時前には行って子供達を見てそれから暫くして行って来た。今日も快晴のとっても気持ちのいい山頂付近だった。さすがに4日連続となる今日は足の疲れも感じたが快調に登れた。下りで特に感じたのは健勝者の足の運びのスピードの差だ。今日の下りで頂上付近から抜かれたが、あっと言う間に見えなく成ってしまう。今の右足の状態では下り坂では危なくてとても追い付けない。それは出来ないとは思うけれどももう少し良く成る様に頑張っていこう。

今日もとっても気持ちのいい山頂!

 今日、そんな下りでとっても健康そうなお母さん。背中にリュックを背負い、前にはまだ生後1年ぐらいの赤ちゃんを背負って1人で登って来る。その登りっぷりも全くそんな事を感じさせないぐらいに元気に普通以上に登っていく。まさにアスリートだな、と思ったよ。

2026年10月14日水曜日

14日もリハビリの後に桝形山へ

  今日は訪問リハビリの後、すぐに準備して家を出た。時間は9時50分頃。お天気は雨の後で地面は濡れてはいるだろうが、これからはお天気は良く成る。桝形山へまた登りたい。10時20分頃には浄眼寺のすぐそばの駐車場に着き、すぐに歩き始めた。

 12日にマーキュリーと登り始めたが、40分過ぎで断念してゆっくり下りてくる。マーキュリーはそれでも下りも良く頑張ったよ。この日は疲れて寝ていたが、それから火曜日はしっかり足のマッサージもやってあげた。夕方にはまた歩きだしてくれた。マーキュリーのリタイヤ後に家に一旦戻って再度、桝形山へ1人でチャレンジ。登って下りて感じた事は今の自分のマヒの訓練には一番いいかもしれない、と思った。急な登りや段差は無いし山道も整備されている。特に下りでは右足の訓練に一番いいかも知れないと感じていた。下りでも着地する時に少しヒザを曲げて下りていけば、右足にも適度な負荷がかかり筋力もついてくるのでは、と感じる。

 10時20分過ぎに歩き始め、登りだけども快調に登っていく。おそらく知らない人が見たら普通の人だと思うだろうね。両手ストックの使い方もかなり馴れて来た。右手はまだしっかり握れないが握るのも右手のリハビリ。少し左のストックよりも長くして登り続ける。雨の後で山道が濡れた所も多かったが滑る事も無かった。

 登り始めてほぼ50分。櫛形山の山頂の手前、推ノ木城後と呼ばれる遺跡が有りその周辺に堅堀や土塁、堀切と呼ばれる昔のお城の防御などの為の遺跡跡がある。今日は推ノ木城後にも登ってみたが何も無かった。今日は桝形山の方へは行かず、ここで下山を始める。11時10分頃からどれぐらいで下りれるだろう。

推ノ木城後へ登る。やぶ蚊が多くてすぐに下りてきた。。

 慌てる事はせずストックの使い方を気にしながら、、右足の使い方も気にしながら下りもノンストップで下りて来た。車に乗って時計をみると12時にも成っていなかった。ここから家まで30分ほど。また登ってみたい。

 色々この推ノ木城や白米城の歴史をたどると織田信長や木下藤吉郎らに攻められているが当時は阿坂城とも言うのかな。。歴史は難しいけども調べていくと面白い。登って下りて2時間ちょっとぐらいのリハビリ登山にはピッタリのコースだ。今日は水曜だし今週はもう一度登ってもいい。お天気も良さそうだしまた登ろう!!

2026年10月13日火曜日

12日スポーツの日は桝形山へ!

  12日は松阪の桝形山へ。山歩きで手ごろな低山を近郊で探すと松阪の嬉野を超えた辺りから登る標高310mほどの桝形山が出て来た。山サイトでの地図を見ると何度も下道で走って来た松阪球場へ行く途中の嬉野を超えてから山手に登っていけばいい。

 7時頃には準備もしたがマーキュリーが一緒に行きたがる。。仕方ないし低山だから連れて行ってみようとデリカで一緒に出かけた。家から久居駅を通りそこから真っすぐ走る。嬉野を超えて田んぼ道に入り浄眼寺というお寺の近くに駐車場も有るらしい。行くとその通りに駐車場も有った。ここまで30分もかからない。地元の人達が山道も駐車場も管理してくれている様だ。この日は祝日だったし登山客も多いようだったが車も止めれた。マーキュリーも降ろして準備して早速歩き始める。

 登山道入口には大きな扉と施錠出来る簡単な設備もあり出入りするたびに扉を閉めていく。登り始めてすぐに感じたがここは地元の人達が大事に守っている山道だと感じた。津市の低山で感じたようなほったらかしの山道とは凄い違いだ。松阪と津との市の対応も大きく違うと感じる。数年前に登った奈良との県堺にある高見山でも案内はちゃんとされていた。管理一つで本当に大きく違う。橋が2つも3つも壊れても何年経ってもほったらかしの津市はもうちょっと考えて欲しい、と感じる。あれではまた行こう、とは思わないね。

 最初のコンクリートの山道からすぐにそれも無く成ったが、道幅はほぼ頂上近くまで軽トラの山仕様なら登っていけるだろうと思える広くて歩きやすい山道だった。祝日でも有ったので家族連れや夫婦らしき人達とも何度も会い挨拶をしながら登っていく。ワンコも何頭かいてバーニーズもいたなあ。。マーキュリーも皆に可愛がってはもらえるが歩き方はもうお婆ちゃんなので皆が都度聞いてくる。「もう、いくつぐらいですか?」と聞かれ、その度に「来月で14歳です」と答える。励ましてはくれるが本心はほおっておいてほしい。

20分を超え、30分を過ぎてマーキュリーの足が更に遅く成ってくる。。もう辛いだろうね。40分近くで途中で休憩したが、もう限界だと感じてそこからゆっくり下山を始めた。下山もゆっくり。。やっぱり後ろ足が辛そうだ。4,50分かけて下山し水を飲ませて少し休憩して車に乗せて帰る。仕方ないね。

マーキュリーは頂上まで30分ぐらいの所でリタイヤ。仕方ない。

 家に帰るとまだ10時半過ぎだ。。少し考えてマーキュリーを置いて、もう一度チャレンジする事にした。一旦片付けかけたリュックをもう一度積んで出かける。11時過ぎには浄眼寺に着いて再び歩き始めた。

 今度は両手ストックを持ち、スムーズには動かない右手も出来るだけ左足に合わせてストックをつき順調に登っていく。特に急坂や歩き辛い山道も無く、昔はこの山の上にお城も有った様で1時間経たずにそれらの案内板まで登って来た。




 そこからはその城跡を目指して登っていく。桝形山の山頂、かつての白米城と呼ばれる山頂まで1時間少しで着いた。この頂上からは津、松阪の海岸や町並みもとっても良く見えるね。山道の手入れもしっかりされているし、大きな石や段差も無く、歩き辛いと感じる所もない。僕の足のリハビリにはこういう山道が一番だな、と感じたよ。



桝形山山頂、白米城後

 松阪市の管理も地元の皆さまの管理も大変良かったと思います。これからの維持管理も大変でしょうが、こういう所に人は集まると感じます。山頂でおにぎりを食べながら、僕もまた何度か来ようと思いに込めて気持ち良く下山して来ました。

とっても登りやすくリハビリにも最適と感じる山道

 下山して駐車場の近くにある浄眼寺で気持ち良く登山出来た事をお礼したかったのでお参りに行ったが誰もいない。が手を合わせて感謝して帰って来た。マーキュリーのリタイヤは有ったけれども再チャレンジして14時半までには家にも戻れてマーキュリーの世話も出来る。また是非行きたいね。昨日のスマートウォッチの万歩計は19000歩を超えて新記録でした。1日2回登ってもいいな、と思えた登山でした。ありがとう!

2026年10月10日土曜日

デリカの素晴らしい燃費と、これからも日々訓練有るのみ。

  今週は久し振りに眼下へ。フェニックス通りのヤナセMCメディカルセンターの中に有る眼下さんへ。ヤナセに入ると馴染みの人が2人。夜勤明けの様でこれから帰るらしい。もう時間は10時を回っていたし、本当にお疲れ様だ。僕も夜勤と言っても夜中1時過ぎまでの2交代勤務の経験は有るが、そんな時の夜勤明けでも翌朝は早く起きて練習に出かけていた。そんなに苦には成らない夜勤だった。

 眼下は行くたびに視力検査から始まって、それがイヤでここが最後に行った眼下だ。確か女医さんがいて良く見てくれた記憶が有る。聞くともう4年前に成るらしい。最近は右目の中を斜めに横切る様なマヒの感覚が気に成っていた。少し視力も落ちたように感じる。

 ここでは検査もしっかりやってくれて自分なりには少し高くついたけど満足だった。今の視力はマヒが影響しているのか、と思っていた右目はいたって正常。どうも問題は左目に有るよで乱視がひどく成っている。。確かにテレビのニュースなどを見ていても二重に見える事も有る。メガネが必要なほどでは無いが3年ほど前に作って有るのでもう少し様子を見る事にした。何より右目が異常無いのが良かった。

 右手、右足のマヒは変わらずで、雨などで冷えると右足は固まってしまって車から降りて歩くのさえ辛く成る。先週の雨の中での神奈川からの帰りではまさにそう成ってしまった。この時は高速の駐車場が遠くしか空いていなかったし、雨も有ったので障害者用の駐車場が欲しいと思ったよ。それで津に帰ってからはその障害者用の駐車場カードを県庁に行って申請しもらって来た。まだ使ってないけどね。

 右手は相変わらず半分しびれたまま。先週の土曜などはお天気も良かったが腕にはカイロもしてサポーターもして冷やさない様にしていたが、カイロの暖かさを右腕は感じない。指先が暖かく成る事も無いのでカイロは2日でやめた。それでもサポーターはしっかりしていたが、今週半ばからはそれもやめた。今週土日も特にお天気も良く腕の状態も以前より悪くも無くそのままだ。

 今週金曜日にはマーキュリーも連れて熊野から湯の峰温泉まで行って来た。先週初めの神奈川行きでは満タン2回目からの計測で15㎞/ℓ以上行っていて、今までで最高の燃費。いや僕は結構飛ばすし、もっと人並みに丁寧に走ればもっと伸びるのではないか、と思っていて今回は満タン計測で高速を熊野まで走る。自動定速運転もいれながら熊野の出口の信号では19㎞/ℓ以上を超えるアベレージだ。しかも軽油で充分に走る。

もうすぐ20km/ℓに届きそうなアベレージ

 いや、ちょっとビックリした。今回での乗り換えにはハイブリット車のワゴンも考えてはいたがデリカD5にして大正解だ。もう働けないので年金生活には本当にありがたい。下道を走ればもっと落ちるだろうが熊野から湯の峰温泉まで往復走って家まで帰って来たアベレージでは17.5㎞/ℓ以上だ。この燃費は本当にありがたい。前のハイエース3ワゴンの半分以下だ。いつも行くGSでオイル交換すると半年先まで軽油5円引きに成るので丁度時期も来ていたのでオイル交換もした。これからも大事に乗って行きたい。

花の窟神社の前の熊野灘の海岸

 熊野では高速下りてから鬼が城を超えて花の窟神社の前の海岸でマーキュリーとの休憩。2年前はユウとも一緒だったが、14歳まで1ヵ月半となったマーキュリーまだまだ頑張って歩いてくれる。

つぼ湯は今日も2時間待ち・・

 そこから山道から1時間と20分ほど。湯の峰温泉に着いた。本当は世界遺産のつぼ湯に入りたいが今日も2時間ぐらいの待ち時間が有り、諦めてすぐ奥の日帰り温泉にヨメと交代でマーキュリーの世話しながら入って来た。この温泉でも充分に温泉気分は味わえる。ここでも温泉成分の湯の花と呼ばれるものが沢山漂っていた。しかも400円で入れるのはとても嬉しい事だよ。榊原温泉の日帰り温泉で何度か通ったが大抵800円から1000円だ。

 またゆっくり日帰り温泉巡りでもしてみたいなあ、と思っている。来週はまた山登りに行きたい。しっかり動き続けていないとね、今日の事が明日出来なく成るかも知れない。日々リハビリ訓練を続けていこう。

2026年10月1日木曜日

錫杖が岳へ再チャレンジ。ここは中級以上だよ。。

  先月25日は錫杖が岳登山へ初チャレンジしましたが。。。

登山道の歩き始めて最初の橋付近から道に迷いここで30分ぐらいはあっちこっち探したが見つからず、諦めて帰ろうとして戻り始めると、小川の向かい側に道が見える。。あるべき橋が落ちて無くなっていたんだよ。もう相当まえから壊れていただろうその橋。何の看板も無かったよね。

 それらの様子は「ブログー1少年の夢」で書いています。確か3つの橋は全て流されていてちょっとひどい状態でしたが、この日は中腹ぐらいまで登りもう時間も気に成って来たのでこの日は諦めて戻りました。今日はその再チャレンジの様子を記しておきます。

 10月1日、お天気は久し振りに快晴!マーキュリーの世話も済ませて9時半頃に家を出る。今回は事前にリサーチしておいて登山道も印刷して持って来た。前回に登ったコースは下の垣内東コースと呼ばれるコースらしい。すぐ西側に下の垣内西コースがあるが東があのレベルなら西もひどいだろうなあ。。とは想像してしまう。前回はコースの案内5まで登ったが、今日はそれを肥えて案内10の頂上を目指したい。

 今日は案内2の手前で大きなヘビに出くわす。。長いのは苦手だ。出来ればも会いたくないね。。道は案内5までは解っているのでそこまでは順調に登り頂上を目指す。

案内5を過ぎても更に坂は急なところが多くロープを張った急斜面も多かった。僕の身体にはかなりきつかった。大きな岩を超える所も有った。きつかったよ。

 やっと亀山からの登山道の合流ルートに入った。この道を左に登っていくと山頂が有るはずだ。しかしそこからも更に急な坂が続いた。
 

 ここからも急な坂が続く。左手のストックは殆ど使えず地面を這いながら登って行った。


ようやく頂上らしき物が見えてくる。もう少しかな。長かった。殆ど休憩もせずにここまで2時間半を過ぎて時間は13時を近く成ってくる。。いやきつかった。たかが676mの山でこれだけ苦労するとはね。この山は中級レベルと書かれていた案内も有ったがそれ以上だと感じたね。


この錫杖が岳の看板の下に小さなお寺さんの人形と祠が有り、お賽銭も入れてここまでありがとうと手を合わせて来た。今までに一番苦労した登りだった。下りも苦労するだろうなあ。。と思いながらすぐ隣りの西コースを、初めてだけども下ろうか、と考えながらおにぎりを食べた。正直、今のコースを下るのはきついね。

頂上の見晴らしは亀山から鈴鹿、一望できる。亀山のかつてのシャープの工場、その奥にはホンダ鈴鹿の工場も見える。反対側を見下ろせば登って来た錫杖湖、登山口辺りが見える。


下山を始め、もとのコースを戻り下の垣内西コースの案内板が見えた。小さな字で東コースよりも階段が多く歩き辛いです、と書いてある。。いや、今の僕には急斜面の危ないコースよりもちゃんと下れる階段の方がいい。初めてでも迷わず西コースを選んだ。下山口は最初に登った東コースと500mも離れておらず、車にも心配は無い。そして迷わず西コースを左手ストックで下りていく。


いや確かに道は狭くて石ころの階段、コンクリート、砂袋の階段補修なども有ったがロープを必要とするような所も無かった。コース的には東コースよりも先に整備されたコースでは無いだろうか。橋が無くなっていたりする所も無かった。ちょっとビックリしたのはこのコースに入ってすぐに、また大きなヘビさんが向かえてくれた事だ。気を付けろよ、と言ってくれたのかな。

この2度目の登山にチャレンジするのに登山用のヘルメットは持ってないので、ロードバイク用のヘルメットを登山開始からずっと被っていた。こんな所でもし転んで頭でも打ってしまったらそれで終わりだ。絶対に転ぶ訳にはいかないと肝に命じて下って来たよ。
やっと2時間余りかかってノンストップでお寺の横まで下りて来た。

いや、そんな気持ちが一杯だったのでお寺に来ると何の世話もしていないお寺だが当たり前の様に手を合わせて「ありがとうございます!」と何度もお礼して帰って来た。いや、本当に疲れた。手に付けたスマートウォッチも14000歩を登山だけで超えている。経ヶ峰のコースよりはるかに長くてきつい。錫杖が岳の登山ルートはきつくて壊れた橋も3ヵ所。その案内もありません。充分な事前調査が必要ですね。初心者には大変厳しいコースでした。でもまた違うコースをチャレンジしたいと思っています。この日は本当に無事に帰れて良かった!