2011年10月6日木曜日

三つ子の魂、百まで。。

 今日はクダの出ている所から洩れたりして着替えを3回したらしくて少々お疲れの様子だ。
その代り、抜糸を今日はしてもらったらしい。傷口は良く成ったようだけどね。
 良く動く様になった分、出て来たのか?

 朝晩の食後に抗がん薬も飲んでいる。今の所量も少な目だし、吐き気なども無いようだ。
何とか効果を期待したい。

 20:40
いつもの様にテレビは付いてているが、もうほとんど寝ている。
「もう、テレビを切って寝たら」と言っても寝ながら「まだ、大丈夫・・」
まったく懲りていない。
 生活習慣にけじめの無いのが、病気に成る原因だと言ってるんだけどね。
今更怒っても仕方が無い。三つ子の魂、百までか・・・。

2011年10月5日水曜日

進歩と告知


  今日は主治医の先生も来られる。これからの事も話したいと言う事だったので、休みを取った。
 朝の心配をしなくていいので、気は楽だったが雄一も僕も9時半過ぎには疲れて寝てしまった。途中何度か起きたが、雄一も良く寝た。それでも外が明るく成る5時頃にはも寝付かなくなり、久し振りに本を読んだ。

 朝7時の朝食も全部食べ、9時前には先生も来られて「この調子ならまたクダを抜けるな。ご飯も少しずつ変えて行こう。けどゆっくり、慣らしながら」と言われてまた午後から来る、と。
 今日は雨模様だし地面が柔らかい内に長く出来なかった庭の草抜きをやろう、と家に帰った。着替えてリーと沢山スキンシップしながら2時間近く庭と犬小屋掃除。
あ~疲れた!

 午後、病院へ戻り2時過ぎには先生が来てくれた。
     どうして腸に穴があいたか。なぜ腸管が詰まったか。その元々の原因は。
そしてこれからの治療の進め方など。
順序立てて解りやすく理解し易い様に丁寧に説明する。
雄一も都度うなずきながら、話を聞いて理解している。やはり雄一はそれなりの覚悟はしていた様だ。はっきりと告知されても慌てる事も大きく驚く事も無かった。
これから何をしていくのかも良く解っている様だ。これなら大丈夫だろう。少し安心した。

 その先生が来る前にはベットのシーツ交換が有ったのでその間に点滴とクダと袋を持って食堂まで歩いて行く。ゆっくりと歩いて行くとナースセンターの看護婦さん達が「わあ!凄いなあ!」とか言ってくれている。もう20日以上入院しているんだから看護婦さんも良く知っている。特にこの病院は毎日、昼、夜、担当が変わって行く。当たり前だけどね。

 雄一はヒマだし、ビデオも見たいと言うので、1年振り以上にレンタル屋さんに行ってDVDを借り、家に帰って修理済のノートPCを最低限セットアップして病室に持って来た。もちろんこれでDVDも見れる。夜用にイヤホンも着けた。おまけにWIMAXのルーターも買って来てネットにもつなぐ事が出来る。
 このWIMAX。僕のPCにも試したが、ほとんど外出先でつながる。これは本当に便利だ。これならどこでもホームページもブログも更新出来る。後は体力だけ。
世の中、まだまだ便利になるだろうね。

夕方にはクダも一つ無くなり後、一本に成った。おしっこのチューブも抜いた。小腸の人口肛門のチューブも着脱式にしてもらって、溜まれば自分でトイレに行って捨てる。もちろんおしっこも自分で点滴とチューブ、袋を提げながらトイレに行く。
夕食前には一人で立って、自分でトイレに入りちゃんと終えて来た。
これで少しは動ける様になったね。

 夕食の後には先生の話した通り、今日から抗がん剤治療だ。まだ腸がとても弱いのでカプセルをお湯に溶かして看護婦さんが持って来た。
取り合えず、今日は大きく変化しいい方向に進歩してくれた様に思う。
これからの治療と雄一の頑張りに期待したい。

2011年10月4日火曜日

不安と希望。。

 昨日は雄一がせがんで、お昼は5分がゆを食べたらしい。
それも、点滴や沢山のクダや袋を一緒に運びながら食堂まで自力で歩いたようだ。
その後は、美容師のお姉ちゃんが休みで来てくれたので、シャワー室まで歩いてシャンプーしてもらった。兄弟ながらお姉ちゃんにシャンプーしてもらうのは初めてだろう。

 8時過ぎに病院に行くと10日ぐらい洗ってなかった髪の毛がフサフサときれいになっていた。シャワーはまだまだ先だけど頭は気持ち良かっただろうね。

 病室ではお菓子も少し食べている。少しずつ色んな食材も食べれる様になって願うのは早く体力の回復だ。
友人の結婚式が12月に有るらしくて、先生に「出席できそうですか?」と聞いたらしい。
先生も返事には困ったと思うが、「人口肛門の袋をつけたままでは、ちょっと難しいかな・・」と濁した返事をしたようだ。ただ傷口ももう良くなっている、と言ってくれたようだ。

 けど、雄一の気持ちの中にはやはり大きな不安が有るようだ。母親に「何か隠してない?」と聞いたようで、母親もまだ適当にごまかすしかない。夜はずっと一緒にいるが、僕には聞いてこない。多分、解かっていてもしゃべらないと思っているのか。

 夕食の後、錠剤のミン剤を飲んでいるようで、もう9時頃にはいつものようにテレビをつけながら半分眠っている。
音量を下げて暫らくして、チャンネルをNHKに替えた。久し振りに見るニュースだ。新聞も読めないし情報は会社で見るインターネットからが主だ。
やる事がハッキリしてれば、それでも特に不自由しないね。

 昨夜は11時、2時、そしていつもの4時に起こされたが、看護婦さんにポカリを貰って飲んでいた。痛みも無いようだ。僕もだが、大体眠れているようだ。
明日には、先生も交えてこれからの治療に対して話をするかも知れない。
雄一にとっては告知になる。
野球で言えば、先制点は入れられた。でもそれは油断やスキが有ったからだ。これから皆で力合せて1点ずつ返していけばいい。
 恐れずに希望を持って欲しい。

2011年10月3日月曜日

言葉で話そう。

 昨日は一日試合でお昼は見れなかったが、今日も3分かゆをゆっくり食べたそうだ。栄養補充の点滴もしてもらっているし顔立ちも少し戻って来た。

 8時前に病室に行くとテレビを見ている。
痛みももうあまり無いようだが、精神的な不安なのか幾分元気が無い。
看護婦さんに手当てしてもらっていても、うなずくだけで、言葉を出さない。
「もっと話をしろ、言葉に出して」とは言ったが、もう一つ元気がないなあ・・。

 9時頃にはテレビを見ながらうつらうつらしているので、「もうテレビ切るか」と聞くと「まだ」。
 とは言うが、もう半分眠っていた。音量を下げて暫らくそのままにし9時半頃にテレビも照明も消した。

 ベットの横にテーブルを付けて、お茶も携帯もチャンネルもポカリも置いてある。僕もそのまま眠った。今日は本を読む元気も残っていなかった。
4度ほど看護婦さんが来てその都度起きたけど、ミン剤も無しに良く眠っているようだ。4時過ぎにはオレンジジュースを少し飲ませた。
僕が支度をする6時前にはもうベットも起こして起きて来ていた。

 少し食べれる様に成ったんだから、元気を出して欲しい。

2011年10月2日日曜日

もう季節は秋

 昨日も3分がゆのメニュー。全部食べたらしいが、しゃっくりが出たりで何度かもどしたらしい。まだまだ油断は禁物。もともと病気でダメだったんだから・・・。
人口肛門で何とか持っている状態だろう。

 その人口肛門。色々食べるようになってから消化しきれない食材が、今日は小腸側のチューブが詰まったらしい。小腸側の人口肛門は予定外だったけど緊急手術の結果だったから仕方が無い。上手く付き合って行くしかない。

 食べれる様になって車椅子に乗って食堂まで移動したり、少し出歩いたりもしているようだ。顔や手、腕にも少し肉が着いて来たか。全く食べれなかった先週からはずっとマシだ。早く体力もつけて欲しい。

 昨夜は9時過ぎにテレビを見ながらうつらうつらしていて「もう寝るか?」と聞くとうなずいてテレビを消した。
僕も練習の疲れも有るし、もう本を読む気力は無かった。暫くしてから眠った。
 
 ベットの横にテーブルを置いてお茶やポカリや時計を置いてある。
飲みたくなったら自分で飲めるし、うがいや「今、何時?」なんて起こされる事も無い。
この病院でもう半月。10月に入り季節は急に変化してきて昨夜は少し寒かったが、僕も良く眠れた。でもこれからは朝晩の寒さ対策がいるかな。