2011年10月5日水曜日

進歩と告知


  今日は主治医の先生も来られる。これからの事も話したいと言う事だったので、休みを取った。
 朝の心配をしなくていいので、気は楽だったが雄一も僕も9時半過ぎには疲れて寝てしまった。途中何度か起きたが、雄一も良く寝た。それでも外が明るく成る5時頃にはも寝付かなくなり、久し振りに本を読んだ。

 朝7時の朝食も全部食べ、9時前には先生も来られて「この調子ならまたクダを抜けるな。ご飯も少しずつ変えて行こう。けどゆっくり、慣らしながら」と言われてまた午後から来る、と。
 今日は雨模様だし地面が柔らかい内に長く出来なかった庭の草抜きをやろう、と家に帰った。着替えてリーと沢山スキンシップしながら2時間近く庭と犬小屋掃除。
あ~疲れた!

 午後、病院へ戻り2時過ぎには先生が来てくれた。
     どうして腸に穴があいたか。なぜ腸管が詰まったか。その元々の原因は。
そしてこれからの治療の進め方など。
順序立てて解りやすく理解し易い様に丁寧に説明する。
雄一も都度うなずきながら、話を聞いて理解している。やはり雄一はそれなりの覚悟はしていた様だ。はっきりと告知されても慌てる事も大きく驚く事も無かった。
これから何をしていくのかも良く解っている様だ。これなら大丈夫だろう。少し安心した。

 その先生が来る前にはベットのシーツ交換が有ったのでその間に点滴とクダと袋を持って食堂まで歩いて行く。ゆっくりと歩いて行くとナースセンターの看護婦さん達が「わあ!凄いなあ!」とか言ってくれている。もう20日以上入院しているんだから看護婦さんも良く知っている。特にこの病院は毎日、昼、夜、担当が変わって行く。当たり前だけどね。

 雄一はヒマだし、ビデオも見たいと言うので、1年振り以上にレンタル屋さんに行ってDVDを借り、家に帰って修理済のノートPCを最低限セットアップして病室に持って来た。もちろんこれでDVDも見れる。夜用にイヤホンも着けた。おまけにWIMAXのルーターも買って来てネットにもつなぐ事が出来る。
 このWIMAX。僕のPCにも試したが、ほとんど外出先でつながる。これは本当に便利だ。これならどこでもホームページもブログも更新出来る。後は体力だけ。
世の中、まだまだ便利になるだろうね。

夕方にはクダも一つ無くなり後、一本に成った。おしっこのチューブも抜いた。小腸の人口肛門のチューブも着脱式にしてもらって、溜まれば自分でトイレに行って捨てる。もちろんおしっこも自分で点滴とチューブ、袋を提げながらトイレに行く。
夕食前には一人で立って、自分でトイレに入りちゃんと終えて来た。
これで少しは動ける様になったね。

 夕食の後には先生の話した通り、今日から抗がん剤治療だ。まだ腸がとても弱いのでカプセルをお湯に溶かして看護婦さんが持って来た。
取り合えず、今日は大きく変化しいい方向に進歩してくれた様に思う。
これからの治療と雄一の頑張りに期待したい。

2011年10月4日火曜日

不安と希望。。

 昨日は雄一がせがんで、お昼は5分がゆを食べたらしい。
それも、点滴や沢山のクダや袋を一緒に運びながら食堂まで自力で歩いたようだ。
その後は、美容師のお姉ちゃんが休みで来てくれたので、シャワー室まで歩いてシャンプーしてもらった。兄弟ながらお姉ちゃんにシャンプーしてもらうのは初めてだろう。

 8時過ぎに病院に行くと10日ぐらい洗ってなかった髪の毛がフサフサときれいになっていた。シャワーはまだまだ先だけど頭は気持ち良かっただろうね。

 病室ではお菓子も少し食べている。少しずつ色んな食材も食べれる様になって願うのは早く体力の回復だ。
友人の結婚式が12月に有るらしくて、先生に「出席できそうですか?」と聞いたらしい。
先生も返事には困ったと思うが、「人口肛門の袋をつけたままでは、ちょっと難しいかな・・」と濁した返事をしたようだ。ただ傷口ももう良くなっている、と言ってくれたようだ。

 けど、雄一の気持ちの中にはやはり大きな不安が有るようだ。母親に「何か隠してない?」と聞いたようで、母親もまだ適当にごまかすしかない。夜はずっと一緒にいるが、僕には聞いてこない。多分、解かっていてもしゃべらないと思っているのか。

 夕食の後、錠剤のミン剤を飲んでいるようで、もう9時頃にはいつものようにテレビをつけながら半分眠っている。
音量を下げて暫らくして、チャンネルをNHKに替えた。久し振りに見るニュースだ。新聞も読めないし情報は会社で見るインターネットからが主だ。
やる事がハッキリしてれば、それでも特に不自由しないね。

 昨夜は11時、2時、そしていつもの4時に起こされたが、看護婦さんにポカリを貰って飲んでいた。痛みも無いようだ。僕もだが、大体眠れているようだ。
明日には、先生も交えてこれからの治療に対して話をするかも知れない。
雄一にとっては告知になる。
野球で言えば、先制点は入れられた。でもそれは油断やスキが有ったからだ。これから皆で力合せて1点ずつ返していけばいい。
 恐れずに希望を持って欲しい。

2011年10月3日月曜日

言葉で話そう。

 昨日は一日試合でお昼は見れなかったが、今日も3分かゆをゆっくり食べたそうだ。栄養補充の点滴もしてもらっているし顔立ちも少し戻って来た。

 8時前に病室に行くとテレビを見ている。
痛みももうあまり無いようだが、精神的な不安なのか幾分元気が無い。
看護婦さんに手当てしてもらっていても、うなずくだけで、言葉を出さない。
「もっと話をしろ、言葉に出して」とは言ったが、もう一つ元気がないなあ・・。

 9時頃にはテレビを見ながらうつらうつらしているので、「もうテレビ切るか」と聞くと「まだ」。
 とは言うが、もう半分眠っていた。音量を下げて暫らくそのままにし9時半頃にテレビも照明も消した。

 ベットの横にテーブルを付けて、お茶も携帯もチャンネルもポカリも置いてある。僕もそのまま眠った。今日は本を読む元気も残っていなかった。
4度ほど看護婦さんが来てその都度起きたけど、ミン剤も無しに良く眠っているようだ。4時過ぎにはオレンジジュースを少し飲ませた。
僕が支度をする6時前にはもうベットも起こして起きて来ていた。

 少し食べれる様に成ったんだから、元気を出して欲しい。

2011年10月2日日曜日

もう季節は秋

 昨日も3分がゆのメニュー。全部食べたらしいが、しゃっくりが出たりで何度かもどしたらしい。まだまだ油断は禁物。もともと病気でダメだったんだから・・・。
人口肛門で何とか持っている状態だろう。

 その人口肛門。色々食べるようになってから消化しきれない食材が、今日は小腸側のチューブが詰まったらしい。小腸側の人口肛門は予定外だったけど緊急手術の結果だったから仕方が無い。上手く付き合って行くしかない。

 食べれる様になって車椅子に乗って食堂まで移動したり、少し出歩いたりもしているようだ。顔や手、腕にも少し肉が着いて来たか。全く食べれなかった先週からはずっとマシだ。早く体力もつけて欲しい。

 昨夜は9時過ぎにテレビを見ながらうつらうつらしていて「もう寝るか?」と聞くとうなずいてテレビを消した。
僕も練習の疲れも有るし、もう本を読む気力は無かった。暫くしてから眠った。
 
 ベットの横にテーブルを置いてお茶やポカリや時計を置いてある。
飲みたくなったら自分で飲めるし、うがいや「今、何時?」なんて起こされる事も無い。
この病院でもう半月。10月に入り季節は急に変化してきて昨夜は少し寒かったが、僕も良く眠れた。でもこれからは朝晩の寒さ対策がいるかな。

2011年10月1日土曜日

お百度参りと元気なおやじ

 昨日9月最後の平日休みの日なので、病院から朝早く戻り、家を6時に出て五条へ行って来た。

 目的の一つは雄一の病気が治る様に、しっかりお参りして祈祷する事。
僕には小さい頃からの気持ちの寄り所に成っている五条の本院が有る。今日、初めて正式な名前を見て来た。宇賀山妙音院と有る。弁天宗の本院と成っている所だ。

 小さい頃、おばあちゃんや母親に連れられて、俗に言う講話と言うのか有り難いお話を聞きに来たり、お百度参りと言って何度も本殿の前の通路を願い事を唱えながら気持ちを一つにして回り、お願いをする。そんな事を遊びの延長で一緒にやっていた。

 今、思うと母親やおばあちゃん達は一心で僕達の事を願ってくれていたんだろう。お蔭で僕はずっと元気でここまでやって来れた。学校も休んだ事が無い。
 雄一がこんな事に成って、今更では有るけれど僕なりにも気持のけじめを付ける為にお百度を真剣にやってみようと思った。
多分、子供の人格は家庭環境も有るだろうが、こんな小さな時の経験や感じた事が、大きなウエイトを占めると今に成って実感する。
     一粒の米にも万人の力がこもっております。一滴の水にも天地の恵みがこもっております。感謝の気持ちでいただきましょう。
こんな当たり前の事はその小さな時に教えられて忘れる事は無い。
僕は子供達にこんな事をちゃんとして来ただろうか?・・・今となっては反省ばかりだ。

 うろ覚えのやり方では失礼になると思いお寺の人に「お百度参りのやり方を教えて下さい」と聞くととても親切に教えてくれて、「良ければ」ともう一人の人がマナーを書いた用紙もプリントして渡してくれた。

 20メートルぐらいの通路を時計まわりにお札を持って1回ずつ本殿に礼をしながら回る。お札は一度に100本は持てないので、25本ずつ持って雄一の健康回復を願いながら始めた。9時頃に始めたが、4回目の25本を持って回る頃には10時に成った。
100回のお参りを終えて僕としては一つ気持ちの区切りがついた。
祈祷もお願いして来たし、後は皆で一生懸命病気と戦うだけだ。

 この本院には不思議な事が有る。
僕がまだ15歳の春に母親と一緒に高校の入試の合格発表を見に来たその日だった。
本院の門を二人でくぐると、正面の大きな本堂付近にどっちからかは覚えてないが、すごく大きな光が走った。真昼間に。
 二人とも「あっ!」と叫んで暫くそのまま。間違いなく二人ともその光を見ている。
 別に宝くじに当たった訳でもない。でもここまで皆、元気に来れたからね。
そんな忘れられない事も有って僕の気持ちの大きな寄り所だ。これからもそうして行く。僕にとってはここには何かが有る。

 その後は、もう88歳に成る親父がお世話に成っている施設に面会に行って来た。
棒を持ち上げるリハビリを楽しそうにやっている。
今年の春に肺炎を少し患ってちょっと危ない時期も有ったが、今日の親父はとても元気そうだった。行くとリハビリ室に居て車いすに座りながら棒を両手で持って持ち上げたり、ビーチボールで看護師さんとキャッチボールしたり、サッカーの様に足で蹴とばしたり、そんな他愛も無いリハビリを笑いながら楽しそうにやっていた。
 痴呆が進んでもちろん僕が誰かも解らない。むしろ警戒する方だが、今日は本当に楽しそうだった。家族や自分の息子も解らないけど、体が元気ならこんな生活も親父にとっては、幸せとは言えないまでも良いことなのだろう。
 またこちらへ来たら覘きに来よう。元気でいて欲しい。
 
 昨夜は雄一も良く眠っていた。体のリズムが少し戻って来たのか。僕も疲れも有るし5時過ぎまで完璧に寝ていた。これだけ眠れたのは本当に久し振り。すごく目覚めもいいし体の疲れも無い。
さあ、今日は子供達と練習だ。頑張ろう!