2011年10月1日土曜日

お百度参りと元気なおやじ

 昨日9月最後の平日休みの日なので、病院から朝早く戻り、家を6時に出て五条へ行って来た。

 目的の一つは雄一の病気が治る様に、しっかりお参りして祈祷する事。
僕には小さい頃からの気持ちの寄り所に成っている五条の本院が有る。今日、初めて正式な名前を見て来た。宇賀山妙音院と有る。弁天宗の本院と成っている所だ。

 小さい頃、おばあちゃんや母親に連れられて、俗に言う講話と言うのか有り難いお話を聞きに来たり、お百度参りと言って何度も本殿の前の通路を願い事を唱えながら気持ちを一つにして回り、お願いをする。そんな事を遊びの延長で一緒にやっていた。

 今、思うと母親やおばあちゃん達は一心で僕達の事を願ってくれていたんだろう。お蔭で僕はずっと元気でここまでやって来れた。学校も休んだ事が無い。
 雄一がこんな事に成って、今更では有るけれど僕なりにも気持のけじめを付ける為にお百度を真剣にやってみようと思った。
多分、子供の人格は家庭環境も有るだろうが、こんな小さな時の経験や感じた事が、大きなウエイトを占めると今に成って実感する。
     一粒の米にも万人の力がこもっております。一滴の水にも天地の恵みがこもっております。感謝の気持ちでいただきましょう。
こんな当たり前の事はその小さな時に教えられて忘れる事は無い。
僕は子供達にこんな事をちゃんとして来ただろうか?・・・今となっては反省ばかりだ。

 うろ覚えのやり方では失礼になると思いお寺の人に「お百度参りのやり方を教えて下さい」と聞くととても親切に教えてくれて、「良ければ」ともう一人の人がマナーを書いた用紙もプリントして渡してくれた。

 20メートルぐらいの通路を時計まわりにお札を持って1回ずつ本殿に礼をしながら回る。お札は一度に100本は持てないので、25本ずつ持って雄一の健康回復を願いながら始めた。9時頃に始めたが、4回目の25本を持って回る頃には10時に成った。
100回のお参りを終えて僕としては一つ気持ちの区切りがついた。
祈祷もお願いして来たし、後は皆で一生懸命病気と戦うだけだ。

 この本院には不思議な事が有る。
僕がまだ15歳の春に母親と一緒に高校の入試の合格発表を見に来たその日だった。
本院の門を二人でくぐると、正面の大きな本堂付近にどっちからかは覚えてないが、すごく大きな光が走った。真昼間に。
 二人とも「あっ!」と叫んで暫くそのまま。間違いなく二人ともその光を見ている。
 別に宝くじに当たった訳でもない。でもここまで皆、元気に来れたからね。
そんな忘れられない事も有って僕の気持ちの大きな寄り所だ。これからもそうして行く。僕にとってはここには何かが有る。

 その後は、もう88歳に成る親父がお世話に成っている施設に面会に行って来た。
棒を持ち上げるリハビリを楽しそうにやっている。
今年の春に肺炎を少し患ってちょっと危ない時期も有ったが、今日の親父はとても元気そうだった。行くとリハビリ室に居て車いすに座りながら棒を両手で持って持ち上げたり、ビーチボールで看護師さんとキャッチボールしたり、サッカーの様に足で蹴とばしたり、そんな他愛も無いリハビリを笑いながら楽しそうにやっていた。
 痴呆が進んでもちろん僕が誰かも解らない。むしろ警戒する方だが、今日は本当に楽しそうだった。家族や自分の息子も解らないけど、体が元気ならこんな生活も親父にとっては、幸せとは言えないまでも良いことなのだろう。
 またこちらへ来たら覘きに来よう。元気でいて欲しい。
 
 昨夜は雄一も良く眠っていた。体のリズムが少し戻って来たのか。僕も疲れも有るし5時過ぎまで完璧に寝ていた。これだけ眠れたのは本当に久し振り。すごく目覚めもいいし体の疲れも無い。
さあ、今日は子供達と練習だ。頑張ろう!

2011年9月30日金曜日

しっかり眠れ!

 今日は3食の食事も全部食べたようだ。
でも睡眠不足と疲れや体力低下のだるさも有るのか昼の間も浅い眠りとは思うが、良く眠っていたようだ。

 夕食を食べてちょっとお腹が痛むらしい。痛み止めを入れてもらっている。
ミン剤は飲んでいないようだが、テレビを見ながら眠たそうだ。
まだ本を読んだりする気力もあまり無いようだ。マンガも開けたがすぐにやめてしまった。

 21:00
 良く眠ってはいるが、眠りは浅そう。。。このまま寝てくれるだろうか。。。

 4:00
 いつもの様に看護婦さんが色々と入れ替えに来る。
雄一は良く眠っていた様だ。途中、点滴を替えに来た看護婦さんにポカリを飲ませてもらったりしたぐらい。僕も途中一度飲ませただけだ。
他は僕も起きれなかったし、雄一も良く寝ていた。僕も良く寝れたかな??

 4時過ぎに入れ替えが終わって、
「もう、寝れなくなった」。
「当たり前や!お昼もずっと寝てるんやから」。
とポカリを飲ませて、テレビをつけてもこんな時間にバラエティー番組は無い。
諦めてまた眠り始めた。

 痛みや不安で眠れなかった時よりは顔にも生気が戻って来たようで、唇も色が着いて来た。目の周りも少し優しくなった。
まだ痛みは有るようだが、しっかり眠れ。

2011年9月29日木曜日

希望の千羽鶴

 27日19:30

 夜、病室に来るとその雰囲気がいつもと違っていた。
まず、体から出ていた沢山のクダが少なくなっている。鼻から通している胃までのチューブも無い。右胸のクダも無い。
 ポカリを飲んだり、ヨーグルトを少し食べているらしい。
8時頃にもヨーグルトを食べようとして欲を出して沢山取ろうとしたらこぼしていた。

 もっと食べたい、早くご飯、と言うがまだまだ危ない。腸は2回も手術して且つ腫れている状態だ。どこまで回復しているかもまだ解からない。

 10時近くテレビを見ていて、もう寝るという。テレビも切ってくれとも言うのでポカリを少し飲ませて寝かせた。もううつらうつらしていたし、ミン剤なしでそのまま眠ろう。どこまで持つか解からないが・・・。

 勤務先の病院の技師や同僚達が千羽鶴を持って来てくれて点滴棒の上から吊るしてくれていた。小さなカラフルな鶴を色を順番に合わせながらキレイにつなげている。折ってくれたと言っていたが、まとめて色を合わせるだけでも大変だろう。
本当に有りがたい。雄一にも、皆の希望にもつなげて欲しい。
早く元気に成って恩返しをしよう。
[f:id:uehira81:20110928085210j:image:w360:right]

 23:00
 やはり1時間近くで起きてくる。仕方無くミン剤をもらう。ポカリも少々。早く薬に頼らないようになって欲しい。なまじ知識が有るのですぐに要求してしまう。僕なんかならそんなミン剤の事は知らないから一晩眠れなくても気にしないだろう。

 2:20
 また起きて看護婦さんを呼ぶ。またミン剤を、と。ダメだ。
ポカリを少し飲ませたが、看護婦さんが出て行くともっと飲みたい、と言う。
ダメだ。ちょっと良くなったからと言って目先の欲ばっかりしていたらまたダメになってしまう。
 4:00頃にもまた同じ事をせがむ。ダメだよ。雄一はまだまだ子供だ。
目指す目標ははるか遠い。戦いはまだ始まったばかりだ。

2011年9月27日火曜日

少し安定。。

 昨夜は10時頃にはテレビをつけながら殆ど眠っていた。沢山検査も有って疲れたのだろう。けれどいつもこんな調子なので、眠りが浅いのか何か有るとすぐに目をふわ~と開ける。
 「テレビ消そうか?」と聞くとうなずいて眠り始めた。

 今日は眠ってくれるだろうか?と思いつつ本を少し読んでから眠った。
 
 23:00
 また起きてくる。看護婦さんにミン剤をせがむ。今は休める事が先だから仕方が無い。

 2:30
 少しお腹が痛むようだ。今度は痛み止めをもらう。お腹のガーゼとか手当てしてもらったが、またミン剤をせがむので、「今度はもうダメ」。諦めたのか眠り始めた。

 4:00
 またいつもの様に看護婦さんが何本かのチューブから出ている液を計ったり入替えたりしに来る。
物音を立てないように気は使ってくれているが、僕でもすぐに目覚める。
いつも思うが、何でこんな時間にするんだろう。。。
それでも雄一は痛み止めも無くなって、ミン剤もないまま眠っているようだ。
そのまま5時半頃まで眠ってくれた。
 栄養価の高い点滴を流してくれたし、少し眠れた事も有って昨日よりは目の周りが少しふっくらして来た。この辺は若い分、回復も早いだろう。早く体力を戻して欲しい。

2011年9月26日月曜日

CTの結果

 お昼過ぎにCTの結果でお腹の中にうみが溜まっているのが解って午後からそれを抜く処置をするらいい。また穴を開けて吸い出すらしい。
穴を開けるんだから手術は手術か。
可哀想に。。。夜に痛がるのも傷の付きが悪いのもこれなのか?原因は何?
 今度は上手く行って欲しい。仕事も手に付かないので、早めに帰ってきた。今は比較的自由に動けるので有りがたい。

 病院について暫くすると、手術から戻ってきた。部分麻酔なので意識もしっかりしている。でも今日は沢山検査も行って疲れているようだ。
他のクダは明日辺りから抜いて行きたいとは言っていたが、食べれるのはまだ少し先だろう。

 余りにやせているのが、気になっていたので聞いてみると、今日から点滴も栄養価の高いのを入れるという事だった。
それは病気の進行も早めてしまうけど、肝心の体力が無かったら何にもならない。

早く体力戻して少しは食べれる様に成って、それからが病気との戦いだ。